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1 目覚め
俺が生まれた日は、朝からずっと風が強くてまるで嵐の様だった、と母から聞いた事がある。部屋の中にいても聞こえるくらいに、ごうごうと凄い音が鳴っていて、それなのに日差しは暖かで眩しい位に輝いていて。
そして俺が産声を上げた時には、一際強い風が病院の壁を叩いて、締め切った部屋の中にまで吹き抜けてきたのだと。
「この子は風に好かれてるんだなって、その時、思ったのよ。だからお前の名前は颯人なの」
颯人はジーンズのポケットから、するりと扇子を取り出した。
扇子は何本か持っているが、これは中でもお気に入りの物で、今日の服もこれに合わせて決めてきた。
薄墨色の扇面に合わせた、黒のスリムタイプのジーンズと白のオーバーサイズのティーシャツ。鮮やかな赤のバスケットシューズは、バイト代を注ぎ込んだブランド物だ。
本当は涼しいサンダルにしたかったが、動き回るにはやはり、これが一番いい。
(今日は一応、遊びじゃなくてお仕事だからな)
颯人は扇子を三分の一程開き、ぱたぱたとその場で煽ぎ始めた。自分に向けてではなく、目の前の空間に向かって。
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