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「お前覚えてる? 雪だるま作ったの」
窓の外は太陽がバカみたいに照りつけて、蝉がバカみたいに鳴き喚いてて、入道雲がバカみたいに膨らんでいた。倒れたグラスから飛び出した氷が、スローモーションで床の上に溶けていく。扇風機は止まり、テレビには何も映らず、携帯用扇風機の充電ランプは消えていた。
「あー、あったね」
「雪だるまに夏を見せてあげようって」
「覚えてるよ」
「今がその時なんじゃない、きっと」
「……確かに」
撒き散らした麦茶もそのままに、二人は冷蔵庫を開けた。
「ザ・夏って景色のところってやっぱ、ひまわり山の頂上かなあ」
「自転車で10分あれば行けるよね?」
「保冷剤、クーラーボックスに入れて、それで行こう」
半年も冷凍庫に入れられていた雪だるまは形が少し崩れて、どこかまぬけな顔だった。それが今の僕らにはくだらなさすぎて、ちょうどよかった。
「よく捨てなかったよな」
「だってかわいそうだろ」
サイレンが鳴り響いていて、町内放送は結局いつだって何言ってるかわからない。こんな時なのにド田舎なもんだから変に静まりかえっている。ああでも、車道は大渋滞だ。みんなどこかへ行こうとしている。あるいは、誰かに会いに行こうとしている。
「てかさ」
「なに」
「よかったの、俺で」
「だってもう、今更じゃん?」
「帰ろうと思えば帰れる時間じゃん?」
「うーん、まあ。でも、いいよ。あ、お前は帰りたいってこと?」
「違ぇけど。きっとこっちの方が最高じゃん」
「それはわかる」
坂道を自転車で登り切って、自転車なんかもう倒れさせて。
満開のひまわり畑を駆け上って、口の中に血の味がして。
それでももう、後悔は一つもなかった。
頂上に一つだけあるベンチに、雪だるまを置いた。
「はぁっ、はあぁっ、どうだ。これが、これが夏だぞ、雪だるま」
「夏を見た雪だるま、いいね、エモくて」
「生き残ったら映画化しようぜ」
「興行収入500億な」
最期に見たのは雪だるまじゃなくて、住み慣れた町じゃなくて、親友のくしゃっと笑った顔だった。
誰もいない家の、携帯用扇風機が弾け飛び、テレビは真っ二つにへし折れて粉々になって、扇風機は支柱が折れて羽が舞って、麦茶は蒸発して、入道雲が霧散して、蝉はバラバラになって、太陽がバカみたいに照りつけていた。
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