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序
流矢太輔は、夢を見ていた。
夢の中でも母は、記憶の中と同じくいつも笑っていた。どんな時も笑顔を絶やすことなかった。ただ、あの時を除いては。
『あら、太輔。まだ起きていたの?寝ていないと駄目じゃない』
優しい声だった。いつも聞く母の声のはずだった。ただ、笑みはいつもと違った。
何かから解放されたかのように穏やかで、手は血で汚れていた。
はっきり見えた。行灯に照らされた仄暗い部屋の中でも、その臭いと赤く染まった手だけは、二十年経った今でもハッキリと記憶の中から思い出せる。
流矢知紗。太輔の母親にして、流矢家の妻。
彼女は二十五歳という若さで、殺人鬼に成り果ててしまったのだ。
『太輔のこと、よろしくお願いしますね。わたくしはもう、戻れませんから』
知紗はそう言って、家から出て行ってしまった。あまりに身勝手で、愚直な知紗は家族を捨てたのだ。
『あの者と、一緒になるから……お前は可笑しくなってしまったんだよ』
『わたくしは反対でした。それを貴方が勝手に決めてしまうからこのようなことになるのです。あの人は流矢家にとって害悪でしかなかった……。この家の恥だと思いなさい』
太輔の父である、勝春は、家族からそう罵しりを受けた。
当然だ。流矢家を汚したと言われても仕方がないのだ。
流矢家の始まりは、長崎にある。南蛮と貿易を始めた頃にかの織田信長と通じ、主君を変えては今の明治の世まで貿易業や廻船問屋を生業としてきた。その功績からか、1884年には男爵を賜ったほどだ。
勝春は、その流矢家に生まれた次男である。勝春には兄の行春がおり、流矢家はその行春が継いでいた。その為、勝春は誰と結婚しようが正直なところ構わなかったのだが、勝春が妻として選んだのは、金沢藩六浦(※現在の神奈川県横浜市)生まれの藩士、東雲家の長女・知紗だったのである。
ふたりは当時では珍しい恋愛結婚だった。それが可能になったのは、東雲家側の両親が「早く知紗を貰って欲しい」と急かしたからだった。
流矢家側はあまり納得がいっていなかったが、完全に東雲家に押し切られる形を取られ、ふたりは1873年(明治6年)に結婚することになったのである。
「知紗……なんで……だ」
勝春は警察に連れて行かれる知紗にそう呟くように言った。
血の付いたナイフを手に家に帰り、太輔の頬を血で濡れた手で触るという異常なまでの知紗の行動だったが、殺害した後に我が子を慈しみたいと思ったのかもしれない。
「大好きでした。勝春様……」
少しばかり、哀しい顔を浮かべて知紗は勝春から背を向けた。
1881年(明治14年)、埜原瑛子ちゃん殺人事件。
少女を内蔵から抉り出したおぞましい事件は、知紗によって引き起こされたのだった。
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