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夏美に出会う前の俺は、目に映る全てのものがモノクロームの世界だった。
だらだらと流れていく時間を無闇に消費するだけで、目的も目標もなく過ごす日々。
でも、夏美が俺の人生に登場した途端、色褪せた景色に光が射し込んで、カラフルに輝き始めたんだ。まるで、五感が新しく生まれ変わったかのように感じた。
――俺の両親は、父親の度重なる浮気が原因で離婚した。5歳の誕生日のすぐ後だった。
俺を引き取った母親は、離婚から数ヶ月経たずに新しい男を作り、邪魔になった俺を親戚の家へ預けた。その親戚夫婦も最悪で、毎日喧嘩が絶えず、怒鳴り合いは日常茶飯事。
争う声が聴きたくなくて、いつも布団にくるまって耳を塞いでいた。
なぜ、結婚するのだろう。
他人同士が一緒にいれば、意見の違いでぶつかるのは当然だって、子どもでも知ってる。
自分の正義を押し付けて、相手を罵って、周りを悲しませてまで得たいものは何だろう。
幼心にそう思っていた。
だから俺は、穏やかな愛さえあればいい。
永遠を誓うことで、その『愛』が『契約』へと形を変えてしまうなら。
夏美は俺にとって『特別な人』だ。
愛を知らない俺に、深い愛をくれた女性。
そんなことを夏美に言ったら、たぶん「健吾らしくない」って笑うだろうな。普段は思ったことを素直に口にしないから。
でも、こんなことになるなら、もっと前から、言葉にして伝えておけばよかった。
このまま、帰って来なかったとしたら。
結婚式からあの男を連れ出して、一緒にどこかへ逃げるかもしれない。
夏美が、いなくなってしまう――。
今この瞬間だって、うだうだ考えてないで、行動を起こせばいいのに。
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