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夏美とは大学二年の時に出会い、友人としての関係が三年間ほど続いた。
俺たちは同学年だった。大学こそ違ったが、最寄り駅が同じだったんだ。
駅前にある『カナリア』という喫茶店のバイト仲間として知り合ったのが始まり。
見るからに人の良さが滲み出ているマスターと、近所の常連客に愛される深い味わいのブレンドコーヒー。それが売りの、昔ながらの小さな個人店だった。
有名フライドチキン屋の創業者にそっくりなマスターがいれたコーヒーは、絶品だった。今でも時々、あの味が恋しくなる。
その頃の『カナリア』のバイトは俺と夏美だけで、必然的に会話を交わす機会が多かったからか、人見知りの俺でもあまり構えることなく、すぐに仲良くなった。
元々、夏美が持つ、慎ましくも華やかな花のような雰囲気には、自然と人を引き付ける魅力がある。常連客の中に、夏美の隠れファンがいたのを俺は知っている。今思えば、俺もそこに惹かれたのだろう。
バイトを始めて一年経つと、お互いのパーソナルな部分の相談をする関係になっていた。その頃に付き合っていた男の話までも。
ある日、夏美が目を真っ赤にさせて『カナリヤ』にやってきた。
それとなく訊いてみると、どうやら彼氏から「他に好きな子ができたから別れてくれ」と一方的に告げられたらしく、夏美はカウンターに突っ伏して泣いた。
「⋯⋯さっき、彼氏とサークルの後輩の女の子が、腕を組んで歩いている所に鉢合わせて、逃げてきちゃった」と。
夏美の力になりたいと素直に思った。
誰にでも優しくて、誠実で、いつも控えめな彼女の心の支えになれたらと。
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