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起
『あ、何か曇ってきたなぁ。雨……降るかな』
窓際、カウンター席のガラス越しに空を見上げると、雨粒をいっぱい含んで重たげに膨らんだ黒い雨雲が見える。
カウンターのテーブルを拭いていた手を止めて、空模様に暫し気を取られていると、奥のキッチンからいつもの穏やかな落ち着いた声がした。
「若菜ちゃん、今月のお薦め本のコーナー準備しといてね」
「はーい、もう客席のお掃除終わりますから、その後すぐします」
私の名前は七本若菜、二十歳の大学生です。
そして、ここはカフェ『Books』。
駅から少し離れた場所にある図書喫茶…って言うか、そんな所です。
お店の中は、まあ普通のカフェだけど、一階の一部と二階は本棚がいっぱいあり、お客さんは好きな本を選んで読めるようになっている。
そう漫画喫茶みたいだけど、ここには漫画は置いてなくて、あるのは主に小説や詩、エッセイなど活字の書籍だけ。
本好きが楽しめる時間と空間を提供したいって思いで、お店のオーナー兼マスターの新木蔵太
さんが作ったこだわりの店だ。
私は大学に入った年にここでバイトを始めてもうすぐ二年になる。
私はここが好き。
もちろん本が好きだからだけど、本好きの人が集まって静かに読んだり、時に知りあい同士が本談義を交わしたり…そんな雰囲気が好きなんです。
それに見た目と本の趣味が合ってなくて、意外な人が意外な本を読み耽っているのを見たり、そういった人間観察をするのも楽しかったりして。
そんな私が最近気になっている人がいるんです。
もし、雨が降りだしたら、来るかもしれません……。
私が掃除を終えて、今月のマスターお薦め本コーナーの展示をしていると外の舗道にポツリ、ポツリと雨粒が落ちてきた。
「あ、雨だ……。あの二人、来るのかな」
私が外に目をやると、瞬く間に雨音は激しくなり、自由落下した雨粒は容赦なく降り注いで、舗道の色を変えていく。
激しい雨音を聞いて、マスターもいつの間にか私の横で外を眺めていた。
「あー、やっぱり降ってきたね」マスターがちょっと怨めしげに雨色に染まった外を眺めて呟いた。
「……ですね。すごい雨……。マスターって雨好きですか?」私の他愛もない質問にマスターは僅かに眉を上げて見せる。
「本が濡れるからなぁ。好きじゃないよ。風景としてはいいけどね。雨の降る日に静かに本を読む、悪くはないよな」
「そうですよね。本には天敵、ですよね。えっと、今日お客さん来ますかね?」会話を交わしながらもマスターは外の雨色の風景を見詰めたままだ。
「ん?今日みたいな日だから来るっていう人もいるんじゃないか」
「そうですよね。そういう本好きさんっていますもんね」
ひょっとして私とマスターが言っている人と私と思い浮かべている人は同じ……なんじゃないかな。
そんなことを考えているうちに『Books』は午前十時、開店の時間を迎えた。
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