I can’t say it ・・・

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I can’t say it ・・・

聞き慣れた音が浅い眠りの終わりを告げた。 トン、トン、トン……階段を上がる足音が部屋の前で止まり、ドアが開かれる。 「おーい、美里。体、大丈夫か?」 父さんの声が静かな部屋に優しく響いた。ドアからヒョッコリ覗く顔に向けて、まだ少し重い体を起こした。 「うん。熱も下がったし、大丈夫みたい」 「学校、どうする?行けるのか?」 「うん。行くよ。大丈夫」 「そうか。朝ご飯、出来てるから下りて来なさい」 「うん、あ……父さん」 「どうした?」 私は慌てて顔を横に振った。 「ううん、何でもない」 やはり、その一言を口にするのは躊躇(ためら)ってしまう。 それは家庭(うち)の中でもそうだし、学校でもやっぱり同じ。 だから、今日も……。 不意の発熱で二日振りに登校した教室は、気の所為か何時もより騒然としていた。自分の席に着くと、後ろから行き成り誰かがギュッとハグして来た。 「わっ!」思わず声を上げて顔を横に向ける。 「美里~っ!おはよっ!淋しかったよ~」 弾む様な声の主は幼馴染みでクラスメートの山野井灯(やまのいあかり)だった。 「ちょ、ちょっと苦しいよ、灯」私の上半身をガッツリ包む様に腕を絡めてくる。 「いいじゃん!親友を抱き締めて何が悪いの?私の愛情を受け止めなさいよっ!」 「もう、分かったから。……私も淋しかったって」 「おおっ?流石、我が親友!分かってるね~」言いながら、今度は人差し指で私の頬をグリグリ突いて来る。 「だ、か、ら。分かったって!もう(いじ)るのはいいでしょ?!」 灯に(いじ)られている最中、気が付くと机の横に誰かが立っている。その人は少し躊躇いながら話しかけてきた。 「あの……お楽しみの所悪いけど、いいかな」 「へぇっ……?」 「ふえっ……?」 二人揃って間の抜けた声を上げ顔を向けると、クラス委員長の滝下数衛(たきしたかずえ)がプリントを手に立っている。 「真鍋さん。これ、休んでいる間に配られたプリント。英語小論文の事前提出用の原稿用紙。自分の発表日二日前には先生に出してね」 クラス委員長の彼は、恐らく誰からも好かれるであろう笑顔を添えてプリントを差し出した。 「……は、はい。あの……どうも」伏し目がちに両手でプリントを受け取ると、灯が間髪入れずに私の背中を平手で叩いた。 「美里~。クラス委員長で成績優秀おまけに我が校屈指のイケメンの数衛様が気を遣ってくれてるんだよ?言う事無いの?」 「……うん。あの、あの……えと、ごめん」俯いて答えるのがやっと。もう自分の足元しか見えない。 「あ、山野井さん。いいんだ。真鍋さんも病み上がりだし、無理しなくていいからさ」 再び皆から好かれる笑顔を浮かべて言っている…のだろう。私は彼の顔を見ていられないから分からないけど。真面(まとも)に受け答え出来ない私の代わりに、灯が両手を腰に当てて答えた。 「数衛様を以てしても無理かぁ。クラス委員長殿、悪いね。気にしないでね。美里は男子慣れしてなくて。」 「そ、そうなんだ」滝下君が高い(トーン)で受けた。 『え?灯、そうなの?聞いた事無いけど』 「まあそんな訳だから、委員長。美里も。二人共変な(わだかま)りは持たないって事で!これで終わりねっ」 そうこの場を締め括った灯だったが、後に彼女はこの話題を再び持ち出してきた。 それは、昼休みに校舎の中庭に置かれたテーブルの一つが空いてるのを見つけて腰を下ろした時だった。横には満開を迎えたソメイヨシノが佇み頭上の空は桜色で満たされていた。 「美里、やっぱりあれ。無理だったの?滝下君に『ありがとう』するのは」 私は小さく一つ息を吐いた。 「うん。言わなきゃって思うんだけど。やっいぱり思い出しちゃうんだよね」 「ママとの思い出かぁ。でもさ子供の頃は毎日言ってたんでしょ?」 「うん。毎日三回は感謝の気持ちを込めて言うのが、ママとの約束だったから。毎日続けたら、高校生になる頃には一万回になるねって……そんな話ししてたよ」 「お母さん、亡くなって……もう、十年……だっけ」 「うん、もう十年。そんなに経つのに、全然進んでないんだ、私。ママとの約束すら果たせてなくて」 「美里は悪くないよ。やっぱり言うの辛いんだよね。ほら先刻(さっき)は、あんな流れだったら滝下君に言えるかなって、勝手に考えたから……でも言えないよね。ごめんね」 私は親友の沈んだ瞳を見て慌てた。 「灯が謝るのは違うよ。私は大丈夫だから、ね。ただ、何て言うのか……言ったらその人を失ってしまう気がして、怖いんだ」 灯は真正面から私を見据えた。 「でも、何時か越えられるよ。何しろ美里は私の親友なんだから」 「そうだよね、何か灯がいたら行ける気がして来たよ」 「でしょ?」 私達は口角を上げ、ニンマリとした笑みを浮かべてグータッチを交わした。
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