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再会、空港で・・・
この三月の時期、私の住む街ではまだ雪のちらつく事もあるが、今日は晴れ上がった空に少しだけ冷たい春先の風がそよいでいる。
そんな中、私は空港へ向かい車を走らせていた。
この日は、高校を卒業して以来会っていない友人と十年振りの再会をする事になっている。その友人は「星野瑞希」と言う。
彼女は、私より少し上背で肩まで伸びた黒髪と端正な顔立ちのもの静な人だった。
彼女との出合いは、高校二年の終わり頃、ある日私のクラスに彼女が転校してきた事に始まる。
急な転校という事情もあり、余り交遊範囲が広いとは言えない彼女は、その雰囲気の所為も影響してか当初、周囲のクラスメイトからはミステリアスな美少女と見られていた。
そんな彼女と私が友人となったのは、互いの自己紹介がきっかけだった。彼女と出会った最初の日、私は前の席に座る彼女の肩を指先でツンと突っついた。
「私、水城よろしくね」
彼女はぎこちない笑みを浮かべて答えた。
「同じ名前?」
私は口角を上げニンマリと笑って言った。
「違うよ。水城は名字。私ね、水城妃南って言うの。何かややこしいからヒナって呼んでね」
そんな会話から私達の関係は始まった。それから十年以上が経っている。
今日は高校卒業の前に、地域のイベントで埋めたタイムカプセルを発掘する日だ。
高校卒業と同時に私達は、別々の道を進んだ。彼女は大学に進学した後、海外の大学に留学し、そのまま地元の企業に就職した。
その後彼女は、一度も帰国していないと聞いた。今回のタイムカプセルイベントを機会に一度帰って来て会わない?と彼女の母から教えてもらったアドレスにメールを送ったところ、彼女から返信があった。
返信があったのは少し意外だった。漠然とだけど、彼女と最後に会った時の出来事が、私にそんな思いを抱かせたのかもしれない。
まあ、そんな訳で予想外の彼女からの返信のお陰で今日の日を迎えたのだった。
彼女との出会いを思い返していると、カーナビが空港入り口に到着した事を告げた。
私は車を駐車場に止めると、到着ロビーへと向かった。
彼女はどんな大人になっているのだろう?
到着ロビーに着くと、彼女が乗っているはずの成田からの国内乗り換え便は既に到着していた。
十分……十五分……二十分、時間が過ぎて行く。
乗り換え便でこれだけ時間が掛かるのはおかしいな、まさか、乗ってないとかじゃ、と思った時、スマホに着信が入った。
前にメールのやり取りで聞いた、彼女の番号からだった。
「Hello!あ、ごめん。もしもし、ヒナ?」
透き通る様な声色の持ち主が問いかける。私は一瞬、見知らぬ相手と話してるような感覚を覚えた。
「は、はい。ミズキ?久しぶりだから違う人と話してるみたい。今何処にいるの?」
どうやら私達は到着ロビーですれ違ってしまったらしい。
互いに通話しながら相手を探して歩く。
少し離れた場所、コーヒースタンドの向こうから同じ様にスマホを手にキョロキョロしながら歩く人が見えた。
相手も私の姿を認め、足早に近づいて来た。「ヒナ、見つけたっ」スマホの受話器ごしに聞いた声。
今度は分かった。それは私の耳がはっきりと記憶している声だった。
「ミズキ、私も、見つけたよ。ミズキ」
私はそう言ってから、自分自身の弾むような声に内心ドキッとした。
そして、自分の心にベールを掛ける様に気持ちを落ち着かせた。
私達は、無事に再会を果たせた。
ミズキは、私を頭から爪先までじっくりと見回す様に見て言った。
「変わってないね。高校生だったの昨日みたい。可愛いし、よしっ」
私は少し驚いた。声は受話器越しに聞いたそれと変わらないが、今の彼女の声色と言い方が小悪魔的なものを含んでいる様に感じたから。
以前の、物静かな美少女だった彼女らしくないな、と思って私も彼女の姿を改めて見詰めた。私が到着ロビーで彼女を見つけられなかった理由も分かった。
彼女は、強い陽射しもないこの季節にサングラスを掛けており、髪も以前の黒髪から明るい艶のある栗色に変わっていた。
「ミズキ、サングラス取りなよ。それ掛けてたから気付かなかったよ」
「あ、そう?ごめん。悪い、悪い」
そう言いながら、サングラスを取った彼女を見て、一瞬息を飲んだ。
ミズキ、こんな雰囲気だったっけ。目の前のミズキの美しさは十年前と変わらないが、何て言うか、隙無く綺麗になっていた。
「ミズキこそ、美しさに磨きがかかって。周りがほっとかないんじゃない?」
「そんな事ないよ。あ、話しは移動しながらしよ。あそこまで時間掛かるんでしょ?」
私達は、私の車に乗り込みタイムカプセルイベントの会場へ向かった。
車中では、十年前の話しを沢山した。まあ、二人の共通の記憶はそこまで遡らないと無いのだから当たり前ではあった。
「ミズキさ、私達の出会いって覚えてる?」
「うん、覚えてる。覚えてる。ミズキ繋がり、だよね」
「あれから私達仲良くなったもんね。そう言えばあれは覚えてる?」
「うん?何?何?」
「ほらぁ、卒業前の『恋の嵐週間』だよ」
「……うん。あれね、あったね」
ミズキは少し言葉を濁して頷いた。
それは、卒業の一ヶ月前に起きた。中学や高校の時なら身の回りに有りがちな事だ。
転校して来てから、美少女として校内で知らない者は誰もいないほどの存在だったミズキだが、その雰囲気は逆に近付き難い印象を周囲に与えていた。
しかし、卒業してしまえば同じ進路に進む一部の者の他は、離れ離れになってしまう。
そこで最後のチャンスとばかりに告白ラッシュが起きる。この年の告られナンバーワン女子はミズキだったのだ。
私の記憶が正確なら、最後の登校日前の一月でニ十三人がミズキ一人に告白した。これは学年の男子の三割以上だ。
そして、これも有りがちなのだが、その男子の大半が私を通して話しを持ちかけてきた。
近付き難い存在のミズキの好みとか、考えを一番知っている私を頼って来ると言う訳だ。
「あの時は、大変だったなぁ。一日にニ、三人。多い時で五人は受付したもん、私」
「……そうだね。ごめん。私の為に。迷惑かけちゃって」
俯いて前を見詰めながら、小さな声でミズキは言った。
私は意識して弾んだ声で返す。
「いや、そんな事ないって。まあ、美少女の宿命って言うか。ミズキが悪い訳じゃないし」そこで間を置くと、小さく息を吐いて言葉を繋いだ。
「たださ、ミズキ中々、付き合う人決めないからさ。聞いても好きな人とか、気になる人いないって言うし。私は心中やきもきしましたぁ」
「本当にごめん」
今度は横目で私をチラッと見ながら、また謝った。
「でも、最後は、ほら、あの子。学年ナンバーワンのイケメン君に決めてくれて良かった」
私はミズキの様子を伺いながら言った。
「ヒナこそ、小学校からの同級生の子から告白されたじゃない。あの子、ヒナのことずっと想ってくれてたんだよね。だから、あの時嬉しかったな」
そう、『恋の嵐週間』が終わった後、私達は各々、同級生の男子と交際する事になった。
「ミズキ?ミズキ、大丈夫?」
今度は私が、心配になりミズキに声を掛けた。
私の声にミズキは、童話のお姫様が目を覚ました様に、その綺麗な瞳を瞬きした。
夢から覚めたお姫様は、何か言おうとしてみたが、言葉が出てこない様子で艶のある唇を震わせている。
そして漸く言葉を見つけたミズキは、震える様に呟いた。
「よ、良かったじゃない。私もあの幼馴染み君はヒナの事好きなんじゃないかなって思ってたんだ」
「どうしたらいいの?ミズキ……」
「ヒナが決める事だよ……さっき、私に言った事と同じだよ」
俯いて呟く様にミズキは、言った。
「いいんじゃない。二人がはしゃぐの見て、私、羨ましかった……付き合えば……いいじゃない」
今まで聞いた事のない、ミズキのローテンションな言葉に、私は一瞬、言葉も無く、呼吸する事すら忘れた。
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