貴女と私の小さな嘘

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貴女と私の小さな嘘

「ねえ、ミズキ。どの人と付き合うの?」 これまでミズキに告白した男子生徒のリストを挟んで、困り顔のミズキに視線を送り、私は問い詰めた。 「誰とって、言われても……ヒナだったら誰と付き合う?」 私は、普段ミズキに対して抱かない感情が何処からか沸きだしているのを感じた。 「私は関係ないでしょ?ミズキの考えを聞いてるの」 この感情と言うか、感覚は何なの?私、一体何に対して。 「ごめん。ただ、ヒナはどう思ってるのかな、って聞きたくて」 「ん、ん?どうって……」 ミズキは、伏し目がちに首を横に振って呟く。 「あ、ああ、いいの。何でもない」 ミズキとそんなやり取りをしていると、教室のドアが開き、クラスメイトの男子が顔を覗かせ話し掛けてきた。 「おい、水城、お前と話したいって奴がいてさ、ちょっと来れるか?」 私は、またミズキ目的の男子からの相談かと思って「はい、はい、今行くから待ってと伝えて。じゃ、ミズキちょっと行ってくるから」 そう言って席を立った。 先程の男子から教えられた場所は、屋上に上がる階段の踊り場だった。 そこで待っている私の前に、思いがけない人物が現れた。私はその相手をよく知っている。その人は私の家の近所に住む幼馴染みだったから。 彼にいつもの馴れ馴れしさはなく、表情を固くして緊張している様だった。 「何?どうしたの?まさか、ミズキのことを……」言いかけた時、彼は何かを吐き出す様に言い放った 「水城、俺と付き合ってくれ」 「へ?嘘でしょ?え、えええぇぇぇ!」 席を立ってから十五分後、私はミズキの待つ教室に戻った。 言葉を無くして椅子にへたり込む様に座った私を見て、ミズキが心配そうに顔を覗き込んできた。 「どうしたの?ヒナ?何かあったの?」 私は直ぐに答える事が出来なかった。この直前に起きた事を自分の中で整理してから、やっと言葉が口から出た。 「……告白された。近所の幼馴染みの子から。いや、有り得ないよ。ね、そうでしょ?ミズキなら分かるけど選りに選って私だよ?いや、有り得ない」 ちょっと前に私に告白した彼みたいに、一気に吐き出す様に言った。ミズキに言ってるのか、自分に言ってるのかよく分からないままに。 ミズキは口を僅かに開け、瞬きを忘れた様に私に視線を向けている。いや、正確に言うなら私ではない、何処かを見ている様だった。 「どうしたの?ミズキ……私、何か言った?ひょっとして怒ってる?」 一瞬、息を飲んだ後、私は漸くか細い声を 振り絞って聞いた。 知り合ってからの約一年の間、聞いた事もない言葉だし、見た事もない態度だった。 「怒ってる訳じゃないよ、ヒナ。ヒナには素敵なアオハルしてほしいな……ってね」 ミズキはニッコリとした笑顔で、少し小首を傾げて答える。 でも、私には分かる。ミズキの笑顔は無理に作っているものだと。「ミズキの本当の気持ちじゃないでしょ?」そう言おうと口を開こうとした時、ミズキは言葉を続けた。 「私も決めたから……クラス委員長の彼と付き合ってみる……ヒナにも迷惑掛けたくないし」 「ちょ、ちょっと待ってよ。私、別に迷惑なんて思ってないよ」 「ヒナは、私に素敵な恋愛して欲しいんでしょ?私も同じ……ヒナにいっぱい、いっぱい、いい恋して欲しいもん。幸せになって欲しいもん。本当だよ……」 ミズキは、言いながら口元を歪め、潤ませた綺麗な瞳で私を真っ直ぐ見詰めている。 「……分かった。それがミズキの気持ちなんだね。私も……ミズキが選んだんなら何も言わない。言わないよ。ごめん……なんで私、謝ってるんだろ……なんで……泣いてるんだろ」 私達は、その後各々、彼氏を作って交際を始めた。私は幼馴染み君と、ミズキはクラス委員長のイケメン君と。 私は、ミズキに対して抱き始めていた親友以上、と言うか友情とはまた違う想いを胸の中に閉じ込めた。 ミズキにとって私はどんな存在なんだろう?という思いはあったが、今の関係を壊してしまう事が怖かった。 それから卒業までの間、私達はどちらがという訳ではなく、何となく距離を置くようになった。 卒業後は、何回かメールや電話でのやり取りをしたが、お互いから「会おう」という言葉が出る事はなかった。 私は卒業から半年後、幼馴染み君とは別れた。彼が大学のサークルで新しい彼女を作ったからだ。私はその事実を前にしても、別に悲しくはなかった。むしろ、「この辺が潮時かな」くらいの、何処か他人事のように受け止めていた。 かつてのクラスメイトから聞いた話しでは、ミズキもイケメンクラス委員長と別れたそうだ。 そして、ミズキは留学のため旅立って行った。 あれから十年、今、私の隣にはミズキがいる。 昔なら、単純でごく当たり前のその事実が、私の胸の一番奥にあるもの優しく包んでいた。
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