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今、伝えたい想い
「あ、ミズキ、もうすぐ着くよ」
「あ、ああ、そう。ここ来るの十年振りなんだね……」
車中では、二人の出合いから卒業まで過ごした一年の話しをしたが、いつの間にか二人の会話は途切れがちになった。
お互いに言わないが、最後の別れた時の記憶がそうさせているのは分かっていた。
会場に向かう途中、とりとめない会話の合間を繋ぐ沈黙が、あの日以来の二人の距離を物語っている。
タイムカプセル発掘イベント会場は、百名ほどの参加者と主催者、それに地元の地方局の関係者などで賑わっていた。
私達は受付を済ませると、参加者の待機するテントへと案内された。
周囲からは、これから発掘されるタイムカプセルについての話し声が耳に入ってくる。
「私さぁ、小学生の頃に好きだった男の子に手紙書いたんだよね」
「えぇ、あの子って中学行ってから隣のクラスの利香ちゃんだっけ?あの女の子が持っていったじゃない。そういうのはハッキリ伝えないと」
そんな会話を聞いて、まるで自分の中の隠し事を言われるように、私は内心ドキドキした。ミズキに悟られない様、平静を装いながら待っていると式典が始まった。
参加した人達が予め渡された番号札の順に呼ばれて、埋められていた手紙などを手渡されていく。
私とミズキの名前が呼ばれ、二人で席を立ち受け取りに行く途中、私達の前の男の人が、「僕宛ての手紙か」と神妙な表情で手紙を見詰めながら歩いて来た。私とミズキはぶつかりそうになりながら彼を避けて受取窓口に向かい、本人確認の手続きの後、各々一通の封筒を渡された。
渡された封筒を持って駐車場への道を戻る途中、沈黙してシンとした空気を押しやるようにミズキが口を開いた。
「……ヒナは、何をタイムカプセルに入れたの?」
「え?え――と、なんだったかな?」
私は焦った。何しろ私の封筒の中にあるのは、ミズキへの手紙だったのだから。
「ヒナ、忘れたの?まあ、開けたら分かる事だし。お互いに見せっこしようか?」
「え?えぇぇぇ。ダ、ダメッ!絶対ダメッ」
私の慌てように構わず、ミズキは私の顔を眺めながら続ける。
「じゃあ、私のから見せてあげるね。車の中で見ようよ、ヒナ」
私は自分の手紙を見せた時、どう言い繕うか考えながら車のドアロックを解除して乗り込んだ。
ミズキは、助手席に深く座り込むと意味深に、ニッと笑みを見せて封筒を差し出した。
「ヒナ、これ見ていいよ」
私は小さく一つ息を吐いて、封筒を開けた
その中のものを取り出す。
それは、何十枚もの写真だった。最初の一枚を見ると、それは私とミズキが笑顔でポーズを取っている自撮りの写真。
「うわあ、懐かしい。これ初めて話した時のだね」
懐かしさに、思わず自然に笑みが溢れた。
一枚ずつ写真を見ていくと、どれも二人の思い出が詰まっているものばかり。二人で変顔をしたり、二人で片手を合わせてハートマークを作ったりしている写真を顔を寄せて見ては、高校生の時の様にはしゃいだ。
「あ?これ、私がホットドッグパクついてるとこじゃない。ミズキ、ひどっ!」
私は、写真を見ていくうちにあることに気付いた。二人で写っている写真から私だけ写っているものになり、隠し撮りしているような写真ばかりになった。
最初、笑いながら見ていた私は、次第に言葉少なくなっていった。
「ねぇ、ミズキ、これって……」
私は、左隣のミズキを心のバランスが崩れそうな想いで見詰めた。
「それ、最後までしっかり見て受け止めて欲しいの。ヒナ」
私は、ミズキの気持ちの入った真っ直ぐな視線に、鼓動が早くなるのを感じながら、写真を一枚ずつ見ていく。
そして、最後の一枚の写真の下に二つ折りにされた紙片を見つけた。
「開けてみて、ヒナ」
ミズキに言われて、静かにその紙片を開いた。
そこには、ミズキの字でただ一言、記されていた。
『あなたの事が好き。ヒナ』
ミズキは少し俯いて、静かだけれどはっきりした口調で言った。
「それは、私の気持ちだよ。出会った時からずっと……今まで隠してた、ごめん」
私の胸の鼓動は早くなり、呼吸の仕方を忘れた様に息が詰まった。
「私、ヒナの気持ちを確かめないといけないの」
強張った顔で俯いていた私に、柔らかな目差しを向けて言葉を続けた。
「あのね……私、海外で職場の同僚から結婚を前提の交際を申し込まれてるの……その人、とてもいい人なんだ」
その言葉に私は、心臓をギュッと掴まれた様になり、胸が苦しくなった。
「だから、今、ヒナを想う気持ちを伝えたいの。あの時、言えなかった言葉を……でないと……私は前に進めない……の」
言葉の終わりは、掠れてしまっている。
「……ミズキ、ずるい……ミズキの未来を私に決めろ、なんて」
私も掠れたか細い声で答える。
「ごめん、ごめんね。そう、そうだよね。あの時、ヒナを突き放してしまった私がこんな事言うなんて……ダメだよね……ごめん。忘れて……」
弱々しく震える声が、不思議と私の胸に響く。
「ミズキ……ミズキ分かってないよ。何にも分かってないじゃない!私……ミズキの未来を壊してしまうと思うと怖いの。でも、ミズキと離れるのはもっと怖い。私を……一人にしないで……しないでよ。ミズキ」
涙が頬を伝わるのが分かる。言葉の最後は嗚咽になっていた。
ミズキは、運転席の私を引き寄せ、泣き顔の私にゆっくりと自分の顔を重ねた。
私の鼻孔をミズキのフレグランスが擽る。
私は、あの夢のように目蓋を静かに閉じた。
私の唇にミズキの柔らかい唇が重なる。
それは、数瞬のはずだったが永く永く感じられた。
私達にとって初めての、その行為の後、唇が触れるほどの間で、私はミズキを見詰める。
「ミズキ……私も……ミズキの事、好き。だから、離さないで。一人に……しないで」
「……うん」
ミズキは、頷いて私を抱きしめてくれた。
ミズキの体温が、私の体も心もそっと温めてくれる。ミズキも同じ様に感じているのだろうか、そんな事を思いながら、私はミズキに体を預け眼を閉じた。
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