リア充夫婦が私のお墓に参っても、そこに私はいませんよ。私は今、……

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「ねえ、ケイ。覚えてるぅ? 今日、付き合いはじめの記念日だよ」  薄闇の中、甘ったるい声が響いてきて、私は 「覚えてるよ」 とひとりごちた。けど、最初の声の主―― カオルには、私の声は聞こえない。  この、いまいましい闇のせいだ。思いきり、蹴りあげてやった。  私とカオルは、幼馴染みだ。  カオルは 『いかにも女の子らしい女の子』 の典型のような子だった。  小さくて可愛いらしくて、茶色がかった髪の毛はやわらかくてふわふわしていて、笑うと片がわの頬にエクボができて、声なんて頭のてっぺんから取り出してキラキラしたパウダーシュガーをかけたみたい。そんで、よく泣く。  反対に私は、背が高くてちょっとこわいくらい真っ黒な硬い髪で、大体において無表情で無口。たまに喋るとよく 「怒ってんの?」 と聞かれるから、滅多に喋らない。  取り柄といえば勉強ができるくらいで、それも、友達が少なくてあまり遊んだりしないから、消去法的にいけば勉強しか残らなかったという、アニメのモブキャラ的なぼっちガリ勉タイプ。  幼い頃、私は、カオルのことを 『お姫様』 と思っていた。私はお姫様を守る騎士だ。それで満足していた。  カオルは私のものを何でも欲しがった。  良い匂いのする消しゴム。人気アニメキャラの絵がついたエンピツ。おばあちゃんからもらった、豪華な着物みたいな模様の千代紙。  小学生の頃まではそんなもので済んだから、ちょっと惜しいな、と思ってもあげることができた。  けれどもそれは、成長するに従って、次第にエスカレートしてきたのだ。  ただでさえ少ない友達に、私がその子の悪口を言っていた、と嘘を吹き込む。  友達に身に覚えのないことで責められ、絶交を申し渡された後でカオルに確認すると、ケロリとしてこう言う。 「そんな嘘を信じるような子、本当には友達じゃないんだよ。別れて正解じゃん」  そんなことはカオルの決めることじゃない、やめて、と何度頼んでも、やめてくれることはなかった。  私が大事な幼馴染みだからだ、と笑う顔は無邪気で、私はいつもどおり、カオルに悪気はないのだ、と無理やり納得するしかなくなってしまう。  こんな調子だから、もちろん、男の子に対しても同様で、私が好きになった人はみんな、カオルにとられた。  とられた、というと語弊があるかもしれない。  私は自信が無かったから、告白なんて大それたことは、とてもできなかった。ただ、好きだな、と思って見ていただけ。  カオルはいつも、それを敏感に察知する。 「なに? 好きなの?」  聞かれて 「ううん。そんなことないよ」  と答えたら、それから1週間以内には 「付き合うことになったよ」  と報告してくるのが、いつものパターンだった。そして1ヵ月もたたないうちに、別れるのだ。  好きだと明かしたことなんかないから、文句の言いようもないんだけど。  本当は、嫌だった。  ほかの誰でもなく、カオルだからこそ、嫌だった。  だからこそ、 『彼』 だけは隠そうとしたのに ――――  『彼』 はコンビニのバイトの先輩で、手が大きかった。  フレンドリーだけど、程よい距離感をちゃんとわきまえていて、必要以上に入ってこないタイプ。なのに必要な時にはきっちりサポートしてくれる。  そして、私に1回も 「怒ってんの?」 とは聞いてこなかった。  人づきあいの苦手な私でも、普通に喋れる男の子…… 気づいたら、好きになっていた。  けれど、いつもどおり、がまんした。  私なんかが他人に好きになってもらえるわけないから、見ているだけでじゅうぶん、と自分に言い聞かせて。  それでも、ついに気持ちを抑えられなくなって、人生で初めての告白をした夜 ―― 私は、あっさりとフラれた。 「ごめん。昼に告白されて、付き合い出したばかりなんだ」 「そうなんですか…… ごめんなさい」  逃げるようにして帰った後、カオルから電話があった。 【あたし、ケイと付き合うことになったんだ♪】 「ねえ、どうして? どうしていつも、私が好きな人をとっていくの……?」 【なにいってるの? アンタがいちばん好きなのは、あたしでしょ? アンタはずっと、あたしだけ見てればいいんだよ】 「うん……」  カオルは大切な幼馴染みで、小さい頃は何をするにも一緒で、双子みたいに、そこにいるのが当たり前で……  いつの間にか、どうやったら離れられるのか、わからなくなっていた。好きだったのなんて、覚えてないくらい昔の話なのに。  カオルは上機嫌でノロケ話を始めた。  ―――― 聞いていると、心臓がぎゅっと掴まれて、お腹の底が冷えて、足が固まって、身動きができなくなってしまう。たぶん、これが憎しみなんだ。  私はこれまで 『殺すほどのこと?』 と眺めていた殺人事件のニュースを思い出した。愛憎の果てに、とか、くだらない煽りがつく類いのやつ。  あれをくだらない、と断じていられた過去の私は、幸せだったんだ。それが、今の私にはわかる。  人を憎むのは、自分にとっても毒なんだ。逃れたいけど、逃れる術がわからない ―――― 「そろそろ寝るね」  やっとそれだけ言って、カオルの長話を切った後。  私は、首をつって死んだ。  遺書には 『カオル、お幸せにね』 と書いた。この期に及んでも良くみられたかったのかな、私は。我ながら呆れる。 「ねえ、覚えてる? 今日は、彼女の命日でもあるんだよ」  薄闇の中、少し聞こえづらい 『彼』 の声。 「もう、ケイったらぁ。そんなの思い出しちゃったら、つらいよぉ」  大きく響く、カオルの甘ったるい声。 「でも、墓参りくらいは……」 「うーん。あの子のお墓、ちょっと遠いしなぁ。もう臨月だし、何かあったら困るぅ……」 「そうだね…… また、生まれて落ち着いてから、報告に行くか」 「うん。早く出てきてくだちゃいねえ、パパもママも、待ってまちゅよぉ」  きっとカオルは今、お腹に手を当てて、幸福いっぱい、って顔をしているんだろう。  私は、いまいましい薄闇を、思いきり蹴りあげてやった。 「あっ、今動いた」 「元気だなぁ…… ちょっと、触らせて」  ふふふ、とカオルの笑い声。  きっと 『彼』 の大きな手が、カオルのお腹を撫でてるんだ。私は 「幸せなのも今のうち」 と毒づいた。どうせ聞こえていないけど。  カオルの甘い声が響く。 「元気に生まれてきて、くだちゃいねえ……」  もちろん、元気に生まれてきてあげる。  そして、今度は私が、カオルの全てを奪い取る番 ――――  私は今、お腹の中にいます。
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