79人が本棚に入れています
本棚に追加
/50ページ
片想いの肖像~その1
「盗撮っ!?」
放課後の誰もいない教室に、美乃の声が響き渡る。
いや、正確には彼女の他にフヌケの凪こと滝宮凪もいる。
そして更にもう一人……
隣のクラスの浜野紀里香が対面に座っていた。
放課後に相談があるからと、昼休みに打診されたのだ。
「それってつまり……無断で写真か何か撮られたってこと?」
美乃の問いに、紀里香は大きく頷く。
「ちょっと待って。そんな大事な話はもっと他に相談出来る人いるでしょ。何でまた私たちに……?」
はっきり言ってこの女子とは、友だちでもなければ喋った事すらない。
相談するならグループ仲間か、もしくは教師が妥当だ。
「仲間内ではちょっと……あの子ら意外と口軽いし……先生に言って大事になるのも嫌だし……それにあなたたち生徒会役員でしょ」
ははぁ、そういうことか。
美乃は、心中で相槌を打った。
数いる役員の中から何故自分たちが選ばれたか……
自分はクラスや学年の中では、どのグループにも属さない一匹狼だ。
もっと平たく言えば、友達がいないという事。
凪にいたってはフヌケた性格が祟って、誰からも相手にされていない。
要は、話しても他言されるリスクが小さいという事だ。
理由は分かったが、嬉しくも何とも無かった。
「分かった。力になれるか分からないけど、とにかく話してみて」
友人では無いが、生徒会役員と言われたら無視する訳にもいかなかった。
同意を得ようと凪の方を見たが、すでに白目を剥いて幽体離脱(爆睡)していたのでやめた。
美乃の言葉に紀里香の表情がぱっと明るくなり、事の仔細を語り始めた。
概要はこうだ。
昨日の朝、下駄箱を開けると一通のメモが入っていた。
内容は、大事な話があるから昼休みにB棟校舎裏に来て欲しいというものだった。
末尾に【祐介】とある。
鷹崎祐介──紀里香の彼氏だ。
Aクラスの男子で、スポーツ万能のイケメンと名高い。
紀里香と付き合うまではファンクラブまで存在したと専らの噂だ。
普段はメールでやりとりしているのだが、何か事情があるのだろうと特に確認もしなかった。
昼休み、言われた通り校舎裏に行くと彼氏も来ていた。
何かあったのと聞くと、裕介は顔を顰めた。
いや、君の会いたいというメモがあったからと答える。
顔を見合わせる二人……
「きっと誰かのイタズラだよ。気にしない方がいい」
優しい祐介の言葉に、頬を赤らめ頷く紀里香。
その時、背後に気配を感じた。
咄嗟に振り向くと、校舎の端に人影が見えた。
その手元に、スマホらしきものもあった。
驚く紀里香に、どうしたと裕介が声をかける。
事情を話し、二人でその場所に行くとすでに人影は消えていた。
「きっとイタズラメモの犯人だな。引っ掛かったか見に来たんだ」
不安そうな紀里香をいたわりながら、二人はその場を離れた。
「なるほど、でその犯人を見つけたいと」
美乃が、要点をノートにメモしながら確認した。
「裕介は大丈夫だって言うけど、気になって……」
心細げに頷く紀里香。
「B棟ってわりと小さいけど、相手の顔とか見えたんじゃない?」
「それが全然……帽子とマスクしてたから……」
紀里香は、ぎこちなく首を振った。
「つまり、人相は分からなかったということか」
顎に手をあて、何気なく横を向くと凪が目を覚ましていた。
しかも、その両眼が爛々と輝いている。
こいつ、何か見つけたな……
いつもの経験から、美乃にはそれが分かった。
「凪、あんた何か聞きたいことある?」
それとなく水を向けると、照れくさそうに口を開いた。
お、なんか喋るのか!?
「あなたは校舎の……その……どの辺にいました……か」
なぜ最後の「か」だけ遅れたのかは謎だが、こいつが質問するとは珍しい。
「ええと、だいたい真ん中くらいかしら……」
質問の意図が分からず、不思議そうに答える紀里香。
凪はぺこっと頭を下げると、再び口を閉ざした。
それだけかい!?
美乃も何の確認なのかさっぱり分からず、肩を竦める。
「それで、その盗撮魔に心当たりはないの?」
その問いに紀里香の表情が曇る。
ははぁ、あるんだ。
美乃はそのまま黙って、次の言葉を待った。
「実はこの数日、やたらと誰かに見られている気がしてたの。祐介と喋ってる時とか、中庭で一緒に昼食を摂っている時とか……いつも背後からで、振り向くと消えているんだけど……でも一度だけ、走り去る後ろ姿を見たことがあった」
紀里香はそこで言葉を切ると、怯えるような表情を浮かべた。
「その時、あなたには誰だか見当がついたのね」
美乃の言葉に、小さく頷く紀里香。
「教室に帰ってから気づいた。体形や髪型が同じだったから」
「で、誰だったの?」
美乃は早く知りたい衝動を抑え、尚更ゆっくりとした口調で尋ねた。
紀里香は少しためらった後、意を決したように口を開いた。
「私の後ろの席……山広智也」
山広……?
全く記憶にない。
「なんか、いつもオドオドしてて暗い奴。誰とも話さずに本ばかり読んでるような……」
「そのこと鷹崎君には話したの?」
美乃の問いに、紀里香はかぶりを振った。
「祐介って、ああ見えてすごく純真なの。付き合ってまだ手も握れないくらい。だからそんなこと話したら、きっと私のこと、ひどい奴だと思うに違いない。人の悪口を言う、やな奴だって……それって絶対やだから」
真剣な眼差しが、その想いの強さを物語っている。
イケメンでスポーツ万能で、その上純真無垢な好青年。
紀里香が、少しでも嫌われたくないと思うのも分かる気がした。
「話しは分かった。その山広君……?の件も含めて、とにかく確認してみるわ」
ボケっと天井を眺めている凪を横目で見ながら、美乃は力強く頷いた。
最初のコメントを投稿しよう!