片想いの肖像~その1

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片想いの肖像~その1

「盗撮っ!?」 放課後の誰もいない教室に、美乃の声が響き渡る。 いや、正確には彼女の他にフヌケの凪こと滝宮凪もいる。 そして更にもう一人…… 隣のクラスの浜野紀里香(はまの きりか)が対面に座っていた。 放課後に相談があるからと、昼休みに打診されたのだ。 「それってつまり……無断で写真か何か撮られたってこと?」 美乃の問いに、紀里香は大きく頷く。 「ちょっと待って。そんな大事な話はもっと他に相談出来る人いるでしょ。何でまた私たちに……?」 はっきり言ってこの女子とは、友だちでもなければ喋った事すらない。 相談するならグループ仲間か、もしくは教師が妥当だ。 「仲間内ではちょっと……あの子ら意外と口軽いし……先生に言って大事(おおごと)になるのも嫌だし……それにあなたたち生徒会役員でしょ」 ははぁ、そういうことか。 美乃は、心中で相槌(あいづち)を打った。 数いる役員の中から何故自分たちが選ばれたか…… 自分はクラスや学年の中では、どのグループにも属さない一匹狼だ。 もっと平たく言えば、友達がいないという事。 凪にいたってはフヌケた性格が祟って、誰からも相手にされていない。 要は、話しても他言されるリスクが小さいという事だ。 理由は分かったが、嬉しくも何とも無かった。 「分かった。力になれるか分からないけど、とにかく話してみて」 友人では無いが、生徒会役員と言われたら無視する訳にもいかなかった。 同意を得ようと凪の方を見たが、すでに白目を()いて幽体離脱(爆睡)していたのでやめた。 美乃の言葉に紀里香の表情がぱっと明るくなり、事の仔細(しさい)を語り始めた。 概要はこうだ。 昨日の朝、下駄箱を開けると一通のメモが入っていた。 内容は、大事な話があるから昼休みにB棟校舎裏に来て欲しいというものだった。 末尾に【祐介】とある。 鷹崎祐介(たかさき ゆうすけ)──紀里香の彼氏だ。 Aクラスの男子で、スポーツ万能のイケメンと名高い。 紀里香と付き合うまではファンクラブまで存在したと(もっぱ)らの噂だ。 普段はメールでやりとりしているのだが、何か事情があるのだろうと特に確認もしなかった。 昼休み、言われた通り校舎裏に行くと彼氏も来ていた。 何かあったのと聞くと、裕介は顔を(しか)めた。 いや、君の会いたいというメモがあったからと答える。 顔を見合わせる二人…… 「きっと誰かのイタズラだよ。気にしない方がいい」 優しい祐介の言葉に、頬を赤らめ(うなづ)く紀里香。 その時、背後に気配を感じた。 咄嗟(とっさ)に振り向くと、校舎の端に人影が見えた。 その手元に、スマホらしきものもあった。 驚く紀里香に、どうしたと裕介が声をかける。 事情を話し、二人でその場所に行くとすでに人影は消えていた。 「きっとイタズラメモの犯人だな。引っ掛かったか見に来たんだ」 不安そうな紀里香をいたわりながら、二人はその場を離れた。 「なるほど、でその犯人を見つけたいと」 美乃が、要点をノートにメモしながら確認した。 「裕介は大丈夫だって言うけど、気になって……」 心細げに頷く紀里香。 「B棟ってわりと小さいけど、相手の顔とか見えたんじゃない?」 「それが全然……帽子とマスクしてたから……」 紀里香は、ぎこちなく首を振った。 「つまり、人相は分からなかったということか」 (あご)に手をあて、何気なく横を向くと凪が目を覚ましていた。 しかも、その両眼が爛々(らんらん)と輝いている。 こいつ、何か見つけたな…… いつもの経験から、美乃にはそれが分かった。 「凪、あんた何か聞きたいことある?」 それとなく水を向けると、照れくさそうに口を開いた。 お、なんか喋るのか!? 「あなたは校舎の……その……どの辺にいました……か」 なぜ最後の「か」だけ遅れたのかは謎だが、こいつが質問するとは珍しい。 「ええと、だいたい真ん中くらいかしら……」 質問の意図が分からず、不思議そうに答える紀里香。 凪はぺこっと頭を下げると、再び口を閉ざした。 それだけかい!? 美乃も何の確認なのかさっぱり分からず、肩を(すく)める。 「それで、その盗撮魔に心当たりはないの?」 その問いに紀里香の表情が曇る。 ははぁ、あるんだ。 美乃はそのまま黙って、次の言葉を待った。 「実はこの数日、やたらと誰かに見られている気がしてたの。祐介と喋ってる時とか、中庭で一緒に昼食を()っている時とか……いつも背後からで、振り向くと消えているんだけど……でも一度だけ、走り去る後ろ姿を見たことがあった」 紀里香はそこで言葉を切ると、(おび)えるような表情を浮かべた。 「その時、あなたには誰だか見当がついたのね」 美乃の言葉に、小さく頷く紀里香。 「教室に帰ってから気づいた。体形や髪型が同じだったから」 「で、誰だったの?」 美乃は早く知りたい衝動を抑え、尚更ゆっくりとした口調で尋ねた。 紀里香は少しためらった後、意を決したように口を開いた。 「私の後ろの席……山広智也(やまひろ ともや)」 山広……? 全く記憶にない。 「なんか、いつもオドオドしてて暗い奴。誰とも話さずに本ばかり読んでるような……」 「そのこと鷹崎君には話したの?」 美乃の問いに、紀里香はかぶりを振った。 「祐介って、ああ見えてすごく純真なの。付き合ってまだ手も握れないくらい。だからそんなこと話したら、きっと私のこと、ひどい奴だと思うに違いない。人の悪口を言う、やな奴だって……それって絶対やだから」 真剣な眼差しが、その想いの強さを物語っている。 イケメンでスポーツ万能で、その上純真無垢な好青年。 紀里香が、少しでも嫌われたくないと思うのも分かる気がした。 「話しは分かった。その山広君……?の件も含めて、とにかく確認してみるわ」 ボケっと天井を眺めている凪を横目で見ながら、美乃は力強く頷いた。
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