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さそり座の針~その2
会議室に入ると、すでに全員揃っていた。
大いに恐縮しながら、末席に向かう。
ぼぉ〜と立ち尽くす凪の袖を引っ張り、着席するよう促す。
さながら、幼稚園児を引率する母親だ。
「会長、全員揃いました」
書記らしき女子が、名簿を見ながら言う。
「うむ」
会長らしき人物は頷くと、抑制の効いたバリトンを響かせた。
「役員諸君、参集お疲れ様です。今日は毎年の習わしとして、一年生と執行部の顔合わせ及び生徒会活動について説明を行います」
執行部の面々については、要約すると以下の通りだ(印象含む)。
高津川清文……生徒会長。梁山きっての秀才らしい
柳下朋彦……副会長。痩身でにやけ顔
榊愛美……第一書記。不遜な態度が鼻につく
葛城静華……第二書記。常に伏し目がちで暗い
生徒会の年間行事については、学年集会を始め多種多忙だ。
これだけの仕事を、自分一人でこなせるだろうか。
横を向くと、凪が口を開けて永遠の眠りについていた。
美乃は、がっくりうな垂れた。
「……では最後に目安箱を開封します。生徒会に対する意見は貴重ですので、一年生役員はしっかり聴くように」
今時、目安箱とは珍しい。
どうやら、これもこの学校の習わしのようだ。
高津川会長の合図で、葛城書記が白い手袋を装着し立ち上った。
そのまま背後から『目安箱』と書かれた箱を持ち上げ、慎重に会長の前に置く。
会長はポケットから鍵を取り出すと、上部の拳ほどの丸い蓋を開けた。
「前年度の投書内容については、手元の資料をご覧下さい」
榊書記の言葉に、頁をめくる音が一斉に起こる。
「あのう……すみません。よろしいでしょうか……」
美乃の対面にいる女子が、申し訳なさそうに手を挙げた。
「どうかしましたか?」
「私の資料に……その……変な事が書いてあって」
慌てて駆け寄り、覗き込む榊書記の血相が変わる。
「どうした?何が書いてある」
会長の容赦ない詰問に、榊書記は声を震わせながら読み上げた。
傲慢な悪魔会長【高津川】
破廉恥な蟷螂副会長【柳下】
冷酷な百足書記【榊】
臆病な芋虫書記【葛城】
「イラストもあります……」
その一言に、高津川会長が席を立つ。
他の全員も集まってきた。
資料には、先の文面と共に執行部の顔を真似た悪魔、蟷螂、百足、芋虫のイラストが描かれていた。
誰の作か知らんがそっくりだ。
「なんだ、これは!」
高津川会長の顔が、みるみる紅潮した。
「分かりません……確認した時には、こんな頁はありませんでした……」
葛城書記が、涙目になりながら懸命に弁明する。
「とにかく即刻回収だ!全く不謹慎な」
会長の飛ばす檄に、榊・葛城の両書記がすぐさま資料の回収に走る。
結局、手を挙げた女子以外の資料に異常は無かった。
「何故こんなミスプリが混入したのかは後程調べるとして、とにかく資料無しで続けるとしよう」
会長は、咳払いで体勢を立て直した。
「……では柳下副会長、頼む」
副会長は強張った笑みを返すと、丸穴に右手を差し入れた。
順番に投書を取り出していくらしい。
「ぎゃあぁ!!」
突然、柳下副会長の口から絶叫が迸った。
慌てて引き抜いた掌が、血で真っ赤に染まっている。
室内が騒然となり、女子からは悲鳴が漏れた。
「どうした、柳下!大丈夫か!」
高津川会長も驚きの声を上げるが、出血を見るなりすぐさま指示を飛ばした。
「葛城、すぐ医務室の教諭を呼んで来てくれ!」
怯え顔で頷きながら、第二書記は部屋を飛び出して行った。
副会長はその場に座り込み、右手を押さえ呻いている。
「よせっ!さわるな!」
震えながら箱の中を覗こうとする榊書記を、会長が制した。
「中に……何が……?」
会長はその言葉にハッとすると、慎重に丸穴から中を覗き込んだ。
「……これは!?」
一言だけ呟くと、ゆっくり箱を持ち上げ逆さにする。
何かが転がり出てきた。
小さな丸い何か……
それは棘のようなものに覆われた球体だった。
全員が息を呑み、その異様な物体に見入った。
美乃も波打つ鼓動を抑えながらそれを見つめたが、ふと気になって凪の方に目を向けた。
皆の目が一点に集中する中、少年だけ辺りをぐるぐると眺め回していた。
射るようなその眼光に、美乃の背筋に冷たいものが走った。
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