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さそり座の針~その5
美乃と凪は、放課後の会議室にいた。
対面の椅子には、もう一人座っている。
美乃が呼び出した人物だ。
「方法が分かりましたよ。先輩」
美乃が静かに口を開く。
自らの推理を披露する為、この場をセッティングしたのだ。
「最大の謎は、ガチャ玉が目安箱に入れられたタイミングでした」
美乃は、傍らに持ってきた目安箱に手を置いた。
「ご存じのように、設置されてから会議の日までこの蓋は開けられていません。しかも、鍵は高津川会長しか持っていません。つまり凶器を入れる事が出来たのは、会長しかいないということになります」
当然、誰もが帰結しうる結論だ。
「実は、昨日たまたま高津川会長と出会ったので、この事を尋ねてみました。会長はやってないと否定しましたが、こう付け加えました。もし学校側がそういう結論に達した時は、自らの責務として学校を去るつもりだと……その言葉に、嘘偽りは無いと私は判断しました。結局のところ、高津川会長という人はその責任感の強さゆえに、人にも自分にもストイックなんです。それが他者には冷酷な悪魔会長に見えてしまう。まあ、あくまでこれは私の印象にすぎませんが……」
美乃は相手の反応を見ながら語り続けた。
「では会長で無いなら、ガチャ玉が入れられたタイミングは、あの会議中──正確には、箱の蓋が開けられてからという事になります。でもあんな環境で入れるのは至難の業です。そこであのイラスト騒動が勃発します。あれは皆の目を逸らす為のものだったんです。あの場の全員の意識が箱から資料に移った瞬間、ガチャ玉は開いた穴から放り込まれたのです」
じっと聴き入る対面の人物の喉が、微かに音を立てる。
「ただそこまで推理した時、私にはある疑問が浮かびました。それは【犯人は針に覆われたアレをどうやって持ち運んだのか】という点です。あんなもの素手では触れません。それこそ、ピンセットのような器具で挟むくらいしか思いつきませんでした。でもそんなもの使ったら、すぐ気付かれてしまいます」
美乃はそこで言葉を切ると、ポケットから何かを取り出した。
「実は昨日、ちょっとした出来事があってヒントを得ました。器具が駄目なら【手袋】はどうだろう。針を通さない丈夫な手袋ならば、ガチャ玉を握ったまま見えないように持ち運ぶことは不可能じゃない」
美乃が取り出したのは、凪の軍手だった。
「ではあの時、手袋をしていた者などいただろうか。装着していても不審に思われず、目安箱に近付ける人物はいたのか……その瞬間、私の脳裏にある場面が蘇りました。白い手袋をして箱を大事そうに運んでいる人物の姿が」
美乃はそこで一呼吸おくと、目の前の人物をじっと見つめた。
「やったのは、あなたですね……葛城先輩」
その言葉に、対面に座す人物……葛城静香は薄っすらと笑みを浮かべた。
暫しの沈黙が流れる。
「否定しないんですね」
「否定……別にしないわよ。すっきりしたし」
その口調に、いつもの内向的な印象は無かった。
「どうしてこんな事をしたんですか?」
美乃の問いに、葛城書記の目が光る。
「どうして?そんなの決まってるじゃない。あいつ……柳下に仕返しする為さ」
吐き捨てるように答える。
「あいつ、顔を見るたびに私を馬鹿にしたわ。グズ、のろま……お前はそんなだから、いつまでたっても第二書記なんだと……正直限界だった。だから懲らしめてやったのよ。あいつ、結構恨み買ってるから上手くやれば私がやったとはバレない。陰から苦しむ姿を眺めてやろうと思ったのよ」
「……イラストを差し込んだのも先輩ですね」
葛城書記の顔に、自慢そうな影が走る。
「なかなかの傑作でしょ、あれ。会議中もたまに、あいつらの似顔絵描いてストレス発散してたから役に立ったわ。箱から出来るだけ離れた席の子に当たるように配布してね。プライドの高い会長は必ず見ようとするはずだから、皆つられて集まると思ってた」
「あの白い手袋も準備されてたんですね」
美乃の問いに、今度は書記がポケットから何かを取り出した。
その手には、例の白い手袋が乗っていた。
「中に薄いアルミ箔を入れて、針を通さないようにしてある。目安箱って割と重量物だし、しかも貴重なものだから手袋をして扱うのは習わしなのよ。私が箱を運ぶ役、柳下が取り出し役と決まった時点で、今回の計画が浮かんだ。チャンスだと思った」
美乃は驚きを隠せなかった。
なんと用意周到なことか……
書記はそんな彼女の表情を見て、薄っすらと口角を吊り上げた。
「知らなかった?蠍座の女って執念深いのよ」
ぞっとするようなその笑顔は、もはや一端の犯罪者のものだ。
「高津川会長に容疑がかかるとは思わなかったんですか?」
美乃は、少し視線を逸らしながら問いただした。
その言葉に、見る見る書記の表情が強張る。
「それが何?知ったことじゃないわ。私が柳下に嫌味を言われても知らん顔だし。だいたい、高津川自身も事あるごとに私を怒鳴りつけるし……いっそあいつもいなくなればいいのよ!」
自身の言葉に興奮したのか、唇を震わせ眉が怖ろしい角度に吊り上がる。
今この少女を支配しているのは、自分を認めようとしない者たちへの激しい憎悪のみだった。
「それで、どうするつもり?学校に報告する?」
怒りの鎮まった葛城書記が、投げやりな口調で言った。
「いえ、そんな気はありません。私はただ真相が知りたかっただけですので……あとは、先輩のご判断にお任せします」
美乃は躊躇なく即答した。
嘘ではない。
真相さえ分かれば、それ以降は関わるつもりは無かった。
「そう……あなたも変わってるわね」
どこか寂しげな笑みを浮かべる葛城書記を残し、美乃は凪と共に会議室を後にした。
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