永遠に死なない薬

1/1
前へ
/1ページ
次へ
「早く殺せよ!」  男の両腕は後ろ手に回され、手錠で固定されている。両膝を床につけられ、左右から屈強な男がその腕をつかみ、逃げないように支えている。 「どうせ殺されるんだろ。リンチか……コンクリか。良くても拳銃で一発か。早くヤレよ。覚悟はできてる」  男は暴力団『里中組』の下っ端だ。年のころはまだ20歳前後。すでにひとしきり殴られたようで、顔は腫れあがり、額や口元からは血が流れていた。男は組の金を持ち出し使い込んだ。それだけにとどまらず、バレて追及されたときに、はずみで兄貴分の男を殺してしまったのだ。使い込みだけならまだしも、身内を殺してしまったとなれば、自分の命ひとつで済んだら安い方だ。  男の眼前に立っているのは組長の杉山だ。その顔には左上から右下にかけて大きな傷があり、これまでにどれほどの修羅場をくぐりぬけてきたのかを雄弁に物語っている。 「――おう、後藤。この後に及んでそんな強気なタンカをきれるのは褒めてやる。普通のヤツらなら命乞いをしてるとこだろうよ」  杉山は男に近寄り、しゃがみこんだ。そして胸の内ポケットを探る。出てきたのはチャック付きのポリ袋に入った一つの錠剤。 「どうなってもかまわない覚悟はあるんだろう? じゃこれ、飲みな」 「……なんだよ、これ」 「それは飲んでからのお楽しみだ。それとも……そんな大層なタンカ切っといて、こんなちっぽけな薬の一つも飲めねぇってのか?」  男はゴクリと唾を飲み込む。だが、すぐに続けた。 「……ああ、いいぜ。早くよこせよ」 「威勢のいいこったな。骨のあるやつは年々少なくなってるから、少々惜しい気もするな。ま、……ルールはルールだ。噛まずに飲み込め」  杉山はひょいと錠剤をつまむと、男の口に放り込む。わずかに一瞬、迷いがあったようにようにも見えた。しかしすぐに覚悟を決め、それを一息に飲み込む。 「おーほんとに度胸あるな。だがな、これはむしろそういうヤツのためにあるような薬だ」 「……毒じゃねぇのか?」 「毒かと言われれば、毒といってもいい。だがそこらにあるようなヤツじゃねぇ。これはな、『死なない薬』だ」 「……はぁ?」 「付き合いのあるチャイニーズマフィアがな、抱えてる製薬会社を使ってしばらく前に作ったらしい。……死ななくなるそうだ。もちろん永遠に見守って確かめるわけにはいかないからな。何人かの、余命のない患者に飲ませて実験したんだとよ。それが数年前だが、まだそいつら全員完治して、まだ生きてるって話さ」  いくらなんでも荒唐無稽だ。男は思っていた。そもそもそんな薬が実際にできているのだとしたら、ノーベル賞だって簡単に取れるだろう。ひっそりと裏で流通などしなくとも、世界を牛耳る製薬会社が作れるだろう。 「お前の考えることはわかる。そんなもんがあったら世界を変えるビックニュースだ。仮に非合法な代物でも世界中の大富豪が黙ってない」  杉山がそこまで話したとき、男は気がついた。散々痛めつけられたはずの体から痛みがひいている。後ろ手に縛られているせいで、触って確認はできないが、足につけられたキズなどはなくなっているようにも見える。 「お、もう効果が出はじめたか。さすがだな……すごい薬だろう?」 「いやその、確かに……なんだこれ。すげぇな……」 「だろう。これでお前も永遠の命を手に入れたってわけだ。傷なんて一瞬で治るらしいぞ」 「でも……なんで俺に……?」 「その薬の効能には続きがあってな、副作用があるのさ。ずばり、老ける。個人差があるようだが、通常よりも10倍~20倍は老けるのが早くなるらしい。つまり3、4年すればもうジイさんたちの仲間入りってことだ」 「いや……そうは言っても、死なねぇんだろ?」 「まさにそこがネックよ。死なねぇんだ。永遠の命なんてものは、若くて健康な体があってこそ魅力的に見えるもんでな。傷は治るらしいが、痛覚はあるし老化には逆らえねぇ。体年齢が100歳を超えてきたあたりでは、もうまともに動けなくなるらしいぞ。……でも、死なねぇんだ。何も食わなくても死なねぇ。もちろん自殺も出来ねぇらしい。誰かがかまってくれれば御の字だが、路地裏にひとり捨てられても絶対に死なないってよ。衰えた体を引きずって、ただ生きながらえる。まあ控えめにいって生き地獄だと……そう俺は思うぜ」  男の顔の傷はきれいにふさがっていた。同時に、目じりにはシワが刻まれ、全体に肉が落ちたように見える。さっきまで黒々としていた髪には白髪が混じっている。 「さて、説明はこんなもんだ。離してやれ。もうお前には用はねぇ。10年もして、もしどこかで会うことがあったら一杯やろうや。まあゾンビみたいなもんかもしれんけどな」 「……な、なあ殺せよ。いいだろ。もう今殺してくれよ。頼むよ、殺してくれ!!殺せーーー!」 「お、いいね。心のこもった命乞いは。……ん? これ命乞いか? まあいいか。後藤くん――永遠の命、おめでとう」  連れ出される男を眺めながら、杉山は楽しそうに笑った。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加