理想の記憶

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「覚えていらっしゃいますか」  僕はマイク越しに、穏やかな声で話しかける。 「お客様。若いころの貴方には、それはそれは美しい恋人がいらっしゃったことを」    僕と客とがつながるコンピュータ・ネットワークに染み渡る、数秒間の沈黙。  今回の客は、どうやらこのサービスに不慣れなようだ。 「思い出してみてください」  手間のかかる客に少し苛立つ気持ちを抑え、僕はゆっくりと言葉を続ける。 「高校時代の、クラスメートです。教室の中で彼女はあなたに笑顔を向けているはずです」  するとヘッドセットの向こうから、ようやく返事が聞こえてきた。 「ああ、はい……思い出せます」  声からすると、40才くらいだろうか。太く、しかし少し疲れたような男性の声。 「そうですか、よかったです。では動作テストはOKですね」  感じよく、しかし事務的に僕は告げる。 「今回レンタルされた記憶の有効期間は、今日から2週間です。それまでごゆっくり、お楽しみください」
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