理想の記憶

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「……ふう」  ヘッドセットを頭から外し、僕は少しばかりため息をつく。  この『高校時代のかわいい彼女』と題されたコンテンツは、なかなか人気が高い。これをレンタルする客にあたるのは、今週でもう10回目だ。  これが、僕が勤める会社のサービス。  時は西暦2050年。誰もが体にマイクロチップを埋め込んだ世の中になって、もう久しい。  僕の会社はそれを利用して、「記憶のレンタル」というサービスを行っている。  インターネットを介して、幅広く取りそろえた記憶のコンテンツの中から、お望みのものを体内のチップにダウンロードすることができるのだ。  そして客はそれを、レンタルの終了期限がくるまで、まるで自分の本当の記憶のように頭に残し、いつでも思い出すことができるというわけだ。  それがあたかも、自分のこれまでの人生の一部であったかのように。  コンテンツの大量生産、大量消費。  数多くのコンテンツを、お手軽に借りることで次から次へ。  そんな流れは、今や「記憶」の領域にも及んでいるのだ。               ーーー  その日は少しばかり残業するはめになり、彼女が待つアパートに僕が辿り着いたのは20時を回るころだった。 「……おかえりなさい」  彼女は座って薄汚れた壁にもたれかかったまま、生気のこもらない大きな瞳を僕に向ける。  もともと目がぱっちりした彼女だが、骨と皮ばかりの身体のせいでその目は余計に大きく見える。 「どう、少し元気になった?」  淡い期待を込めた声で、僕は彼女に微笑みかける。  病的なまでに細い身体、そしてそれに見合わないほど挑発的な金色に染め上げた髪、また無数に開けられたピアスの穴は、どういうわけか僕に愛情と欲情とを同時にかきたてさせる。
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