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「よう。今日も元気でやってるかい、川上クン」
そうやってやたら明るく声をかけてくるのは上司の秋野だ。
まだ30すぎだというのにばっちり固めたオールバック(本人いわく、ネオ七三というらしい)の整髪剤と、真っ白な歯並びが、オフィスの蛍光灯に反射してやけにまぶしい。
「……はい、おかげさまで……」
彼への警戒心がバレないようにボリュームを上げた声で、僕は答える。
すると彼は僕にさっと顔を近づける。
「ウソはいかんよ」
「履歴によると君、記憶のレンタルサービスを最近全然使ってないじゃないか。君にいつも元気がないのはそのせいだよ」
人の履歴を勝手に見んじゃねーよ、と僕は心の中で舌打ちをする。
「社員には割引きがあるんだから、積極的に利用しなくちゃ。素敵な記憶を借りることがメンタルヘルスに良いってこと、当然知ってるだろ?」
何がメンタルヘルスに良いだ。
お前みたいなやつが、自分に都合の良い記憶を脳に植え付けたところで、ただ自信過剰が増長してるだけじゃないか。
どうせ今は、有名女優の彼氏だった記憶でもレンタルしてるんだろう。
俺はあの女優の元カレなんだ、なんて妄想にひたりながら。
俺の経験人数の中に、あの女も入ってるんだ、なんて思いながら。
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