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「そうそう、君も通達で知ってると思うけど、今週から新しいサービスが始まってるから。お客様に正しくご案内できるように、ぜひ君も使ってみなさい。これは命令だ」
「は、はあ……」
命令だって。社割がきくったって、タダじゃないんだぞ。
「それって……例のサブスクのサービスことですよね」
「そう。前々からお客様のご要望が多かったのが、ようやく技術的に可能になったんだよ」
「つまり……これまでレンタル期限が来たら記憶は自動的に消滅していたけど、これから月額制で無期限に見れる、って理解でいいんですよね……」
「そのとおり。しっかり通達を読んでるじゃないか、感心感心。じゃ、今日もがんばりたまえよ」
そう言って立ち去る秋野の、やけに真っすぐ伸びた背筋を、僕は伏し目がちに小さく睨む。
そうしてから、僕は仕事の端末の電源を入れた。
ーーー
彼女は最近、やけに幸せそうだ。
相変わらず一日中、部屋に閉じこもったままのようだし、細すぎる身体も一向に病的なシルエットを保ったままだけれど。
彼女は壁によりかかったまま、微笑んだ顔を宙に向け目を閉じている。
そんな顔を見て、僕も幸せに包まれる。
彼女は元々いわゆるバンギャというのか、あるV系バンドの大ファンだった。
それにまつわる「記憶」でもレンタルしているのかな、と僕は思う。
実際、彼女の金髪も、黒づくめの服も、そんなバンド好きのイメージに良く似合う。
小刻みに揺れる彼女の頭を見るに、ライブに行った記憶でも見ているのだろうか。
あるいはバンドのメンバー自身だった記憶かもしれない。
「ねえ」僕は思わず、彼女に話しかける。
すると彼女ははっと目を開け、真顔になって僕を見る。
唐突に現実に引き戻された、色素の薄い2つの大きな瞳がこちらに向く。
その時僕はその美しさよりも、そこにぽっかりと開いた空虚さの深淵に驚いたのだった。
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