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訣別の夜
葵生を俺の家に連れ帰って、風呂を使わせて着替えをさせる。
身長は変わらないのに相変わらず細いままの葵生に、貸し出した俺の服は少し大きくて、いかにも借り物な感じになっていた。
人心地つけば、少しはましになるかと思ったけれど、ずっと顔色は悪いし震えてるし、何もしゃべろうとはしない。
露木のあの騒がしさは、こうなった時の葵生の緩衝材でもあったんだな、と思う。
さて、どうしたもんかな。
俺もひと風呂浴びて、部屋着に着替えて部屋に戻ったら、葵生はさっきのままだった。
冷蔵庫から缶ビールを出して、目の前においてやる。
ふるふると、小さく首が振られた。
「そ。あ、一本吸わせてもらうな」
ビールはそのまま置いておいて、俺は定位置でタバコに火をつける。
「いつの間に?」
「ん? タバコか? 営業出てて、手持無沙汰で、先輩の真似して吸ってみたら、なんとなくそのまま癖になってるなぁ」
「なんか、違和感ないな」
「そうか?」
「ああ。違和感ない……なさ過ぎて、遠くまで来ちゃったなって、なんか……」
ほたほたと、葵生の目から水がおちる。
泣いてるというよりも、見開いたままの目から、壊れた水道みたいにほたほたと。
涙をこぼす葵生をそのままに、俺はくわえタバコで玄関に向かう。
呼び鈴が鳴るより前に、扉をあけたら、案の定そこに露木がいた。
まだ学生の露木はカジュアルな格好で、ビジネスバッグとスーツの上着を抱え、息を切らせて真っ青な顔でそこに立っていた。
「な、なるなる……どうしよう……」
「あん?」
「オレ……ちがう、きいちゃんが……だって、オレ……」
こういう時。
俺は自分がもっと察しが悪かったらよかったのに、と思う。
「武士の情けだ、玄関には入れてやる。そこで正座」
「はい?」
ふーっと煙を吐き出して、俺は露木を部屋に入れると、鍵をかけた。
顔に吹きかけなかったんだから、我慢してると思うんだ。
荷物を取り上げて、上がり框に正座させる。
「いや、なるなる、それどこじゃなくて……」
「葵生は俺が保護してる。お前、何やった?」
「マジで?! きいちゃん、無事? ここにいんの?!」
勢いよく立ち上がろうとする太ももを踏みつけて、露木を止める。
ふざけんなよお前。
「誰が会わせるつったよ。お前はそこで正座」
「謝るだけ! 謝るだけだから!!」
「正座しろっつってんだよ!」
「なるなる!」
「露木!!」
踏みつける足に力を入れ、荷物を投げ捨てて右手で顔を掴んだ。
「今のお前に、会わせられるわけがねえだろうがよ。なにやってんだお前?」
ギリギリと顔を掴む手に力を入れる。
露木が諦めたように、力を抜いた。
手を離したらへたりと座り込む。
背後で足音がした。
気がついた葵生が、自分から出てきたのだろう。
「隼……」
「きいちゃん……オレ……」
「今まで、ありがとう。でも、おれはやっぱり、隼の気持ちには応えられない。だから、もう、会わない」
最後に三人で会ったあの梅雨の夜。
葵生はついに、露木に引導を渡した。
やっと。
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