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そしてまた梅雨
話があったのは去年の梅雨の時期で、そこからなんやかんやと準備があって。
葵生が結婚式をあげたのは、ちょうど一年後――やっぱり梅雨の時期だった。
「準備期間がたっぷりあるなら、他の時期にすればいいんじゃねえのか?」
梅雨時期のあれこれを思い出して、俺は眉を顰める。
同じように招待されて、窮屈そうに礼服を着た露木が、小さく笑った。
「なるなる、めでたい日にひどい言いよう」
「あの葵生がジューンブライドにこだわるとはな」
「奥さんの希望でしょ。いいじゃん。オレ、きいちゃんの奥さん好きになった」
「そうか?」
別に決まった信仰があるわけじゃないから、嫁の希望に合わせるんだと、葵生が楽しそうに笑っていたのを思い出す。
露木の分の招待状は、俺の手を通じて渡された。
葵生が俺に渡すときも、露木が俺から受け取るときも、ふたりともホッとしたような顔をしていた。
また、昔のように付き合いが始まるのかもしれない。
「これで、きいちゃんの梅雨の思い出、上書きされるじゃん。ジューンブライドなんて、きっといい口実だよ」
教会の席に座って、露木が笑う。
ああ、なるほど。
まっすぐ前を向く露木から目を逸らして、窓の外を見た。
今日の天気は、薄曇り。
もうすぐ梅雨も明けるだろうって、天気予報では言っていた。
「なるなる」
「ん?」
「二次会出る?」
「今のとこ、披露宴までの予定だけど?」
「じゃあ、そのあとオレにつきあってよ」
前を向いたまま、露木が言った。
「オレたちのこれからのこと、話そう?」
「俺たちってのは、露木と俺のことでいいのか?」
「なるなるとオレのこと以外だったら、オレ、今度こそ呑んだくれて泣くからね」
前向いたままの露木が、ぎゅっと、俺の手を握った。
「今日はいい日だからさ、ついでにオレも誓っとこうと思って」
「なにを?」
「今度は暴走しないで、ずっとなるなると一緒にいたい」
「いいよ」
「ん?」
「お前は、ちょっとくらい暴走してても、面白いからいいよ」
「なるなるは、オレに甘いと思う」
困ったように赤い顔で笑う露木の顔に、ステンドグラス越しの光が当たった。
梅雨が明ける。
俺たちも、次の季節に移る頃合いなんだろう。
「ありがと、なるなる。好きだよ」
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