エリカ

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まだ薄ら明るい空の下、僕達は都市部に向かって歩いていた。 「博士」 「どうしたミラ」 僕は足を止めて、ミラを見た。 「見てください、昆虫がいます」 ミラは水の止まった噴水のそばで屈んでいた。 「…お、久々に見たかも。これは『アメンボ』って言うんだ」 「アメンボ。……通信圏外の為検索できません。どのような昆虫なのでしょうか」 僕は頭を抱えた。 「…確かカメムシの仲間だったはずだ」 「カメムシですか。では食用には向きませんね」 「どうだろうか。食べようという気はわかないけど」 「かしこまりました」 ミラはすくっと立ち上がり、僕に機械的な笑みを見せた。 「教えてくれてありがとうございます、博士」 僕達人類の文明は、わずか一晩のうちにいつの間に崩壊していた。 初めは突然の事に困惑した。理由も何もわからなかった。 いつの間にか人々は僕だけを残し、一瞬で姿を消してしまった。 「見て、ミラ」 廃屋で物資を探す最中、僕はダイニングテーブルを指差した。 「トーストがかびているようです。開封後約2週間が経過しているものと思われます」 そう、それが丁度2週間前の出来事。 僕は、カビたトーストを手に取った。よく見るとまだ食べかけで、歯型が残っている。文明崩壊の直前、このトーストはここに座っていた人間が食べていたのだろう。 「そうだミラ、これで抗生物質が作れないかな」 僕はトーストをミラに見せた。 「『科学助手パッケージver.2』と、『医療用アンドロイド:cure』用のアップデートが必要です」 「今のミラは?」 「はい。私は『家庭用お手伝いロボ:ミラMk-Ⅲ』ですが、現在『工業用メンテナンスキットver.3.0.6』、『サバイバルガイド:ガッツⅢ』がインストールされています」 「……サバイバルガイド?」 僕がミラを購入してから新たにインストールしたのは、カーディーラーの廃墟で入手した工業用メンテナンスキットだけだったはずだ。 「昨日、墜落したドローンの残骸からインストールしました。これで博士の体に合う食材の識別ができるようになります」 なるほど、と相槌をうってミラの頭を撫でた。 「よくやったね。ありがとう」 「お役に立てて光栄です」 郊外の駅周辺にやってきた。 居酒屋の暖簾が風に煽られてゆらゆらと揺れている。 「お酒がありそうだな。ちょっと飲んでいってもいい?」 「わかりました。飲み過ぎには気を付けてくださいね、博士」 僕は暖簾をくぐり、半開きの戸を開けた。 店内はそこまで広くなく、壁に貼られた『サフラビール』と書かれた大きなブリキ看板が目についた。 「よっと」 僕はカウンターを乗り越え、棚を物色する。 「何か飲めそうなものは……お」 僕はボトルを手に取った。 「ブランデーだ。これなら飲めそう」 まだ未開封。上出来だ。 「ミラ、いいものを見つけた。今は飲まずに、後に取っておこう」 「わかりました。では私のストレージに収納しましょう」 そう言って、ミラは服をたくし上げた。ミラは背中がストレージボックスになっていて、少しだけ荷物を入れられるようになっている。 「あとは……、これ飲めるかな?」 サフラビールの瓶ビール。樹脂製のカートンに入って、戸棚の脇に積み上げられていた。 「スキャンします。……衛生面上問題ありませんが、温度が15℃と適正ではありません」 「うん、大丈夫だね」 僕は壁に取り付けられた栓抜きでボトルを開けた。 「450ml以上の摂取は推奨されません。過剰摂取は控えてください」 「わかってるって」 言いながら、ビール瓶を呷った。
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