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いつも朗らかでニコニコしているのがデフォルトな母が、いつになく真剣な面持ちをしているからか、直樹はもちろん、優衣と歩斗も話を聞くモードに入っていた。
「それからお昼ご飯食べて、掃除やらなんやらして、夕方近くになって空が少し暗くなってきたかな……ぐらいで洗濯物を取り込もうとしたとき、スライムを見たの。可愛らしいんだけどさすがに突然のことに驚いちゃって。急いでバッと洗濯物全部取って部屋に戻っちゃったのよね。で、もう一度部屋の中からスライムが居た場所を見たんだけどもう居なくなっちゃってて。でも、その時から明らかに、庭の様子がおかしくなったの。隣の家が綺麗さっぱり無くなっちゃって、まるでこの家が全然違う場所にワープしちゃったみたいで」
香織は右手の平を頬に当てて、窓ガラスに向かってフウッと軽くため息をついた。
「家がワープ!? すげぇ! でも、ボク普通に学校から帰ってきたらいつもの場所にこの家あったけど!」
「うん。あったよ!」
優衣が元気よく手を挙げて、兄の意見に同意を示す。
「ああ、パパも普通に帰って来ることができたしなぁ……」
直樹も会社から車で帰ってきたことを思い出しながら呟く。
そもそも、スライムだのワープだのあまりに荒唐無稽な話なのだが、長年連れ添った妻の表情から察するに、とてもふざけている様には見えなかった。
なにより、自分の目がスライムらしき生物を見たという事実。
「出て確かめりゃいいじゃん」
歩斗は窓の鍵に手を掛けた。
「ちょ、ちょっと待て。アイツがまだその辺に居るかも……」
「えっ? アイツってなに?」
「なにって……あのスライム……的な……」
直樹は自分の口から現実離れした単語を発していることに対する恥ずかしさと、子どもの身を守りたい気持ちの板挟みに遭い、口ごもってしまった。
「ねえ、それって“ささみ”じゃない? さっきから見かけないし……」
優衣の発言に答えるようなタイミングで
「にゃーん」
と、直樹の背後から鳴き声がした。
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