第37話 まだまだまだ

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 翌朝……というか、それからほんの2時間後。  直樹は、まだ全然寝たりない目をこすりながら、スーツ姿で玄関に立っていた。 「それじゃ、行ってきます」 「はい、行ってらっしゃい気を付けて」 「……あっ、香織、隠れみのオーブよろしくな」 「はいはい。ちゃんと見ておくから、気にせずお仕事がんばってね」  直樹は魔法の杖の変わりにスマートフォンを、アイテム袋の代わりにビジネスバッグを持ち、会社という名のダンジョンへと旅立った。 「ママ~。早く早く!」  リビングから優衣の声。 「はいはい、いま行くわよ~」  香織がリビングに戻ると、窓際に敷いた毛布の上に横になっている優衣と歩斗が母を手招きした。  窓の外の地面に、黒く光る玉が置いてある。  思い返せば、ロフニスもユセリも〈隠れみのオーブ〉の使い方について教えてくれなかったのだが、まあ大体こんな感じで大丈夫だろう……といった軽いノリで、リビング前の地面にポツンと置いておくことにした。  オーブがちゃんと機能すれば、ロフレアとミリゼアの調査団がここに来ても、涼坂家のリビングは発見されずに済むはず。  しかし、もし使い方が間違ってたとしたら……そんな不安を抱きつつ、3人はジッと窓の外を見つめていた。  ──数時間後。  最初は、眠い目をこすりながらも頑張ってた歩斗と優衣だったが、猛烈な眠気に耐えかねて夢の中に旅立っていた。  そして…… 「うわっ! ほんとに来た!」  唯一、起きていた香織の目に、衝撃の映像が飛び込んできた。  恐らく、ミリゼアの調査団なのだろうか。  武装した様々な種類の魔物たちが右手の方から現れて、みなキョロキョロと周りを見回しながら左の方へ向かって歩いて行く。  一瞬、カーテンを閉めておいた方がいんじゃないか……と思った香織だったが、こうなったらカーテンがあろうが無かろうが関係無さそうだし、なによりことの成り行きをしっかり目で見て確認しておきたい……という気持ちが先行。  そのままジッと見守ることにした。  魔物の調査団は、怪しい虫の一匹も見逃すまいと、鋭い眼差しを右に左に向けている。  と、その時。  香織の目と、調査団の一員であるトラのような魔物の目が合ったような気がした。 「えっ……やだ……」  思わず声が出そうになるのをグッと堪える香織。  そして……そのトラの魔物は、何事も無かったように通り過ぎていった。  結局、ミリゼアの調査団はこのリビングを完全にスルーし、左の方へと消えて行った。 「……やった!」  香織は小声で呟きながら、小さく右手でガッツポーズした。  それからしばらくして、調査団は左から右に通り過ぎていった。  何も見つけることが出来なかったからか、その歩みは大分早くなっていた。    ──それからさらに1時間後。  今度は、向かって左手から兵士のような人たちが姿を現した。  恐らく、人間の国ロフレアの調査団。  そして、今回も(鏡に映したように方向だけが真逆で)ミリゼアの時と全く同じように行きはしらみつぶしにキョロキョロ見回しながらゆっくり進み、少し経ってからUターンして帰ってきた時にはそそくさとした足取り。  結果、〈隠れみのオーブ〉は見事その能力を発揮してくれた。 「もう……せっかくのドキドキシーンだったのに」  香織は、毛布の上でグースカピーと気持ち良さそうに熟睡している二人の寝顔に向かって囁いた。   「それじゃ、見つからないで済んだってことで、少ししたらガーデニング作業の続きでもしよっかな」  と、香織は窓の外の森を眺めながらつぶやいた。  めでたしめでたし……なわけない!  異世界でやりたいこと、やるべきことは腐るほど残っている。  涼坂家の異世界冒険物語は、まだまだまだ始まりの始まりに過ぎない……!     (第1章・完)
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