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第38話 魔烈の花と白い塔
冬が終わり、涼坂家の長男歩斗が6年生、長女の優衣が5年生へと学年が1つずつレベルアップ。
父の直樹は企画発案者及びチームリーダーとして、社運をかけた新作スマホゲーム開発に大忙しだった。
そして、母の香織は……。
「わぁ、綺麗に咲いたわね~」
平日の昼下がり。
香織がリビングの窓を開けると、春の心地良い風に乗って庭一面に咲く花々の匂いが飛び込んで来た。
その始まりは、宝箱の中に入っていた〈謎の種〉。
マイホームの半分が異世界に転移してから数ヶ月が経ち、一握りの種がここまで色鮮やかに成長した。
さすが異世界ロフミリアで拾った種。
何もせずとも不思議な力で様々な色や形の花を咲かせ……たわけでは無い。
「そうそう、昨日入れといたんだった!」
香織は体をクルッと反転させ、パタパタとスリッパの音を立てながらキッチンへと向かい、炊飯器の隣にどーんと居すわる存在感たっぷりな黒い釜の中を覗き込んだ。
そう、それは優衣が異世界での初冒険で持ち帰った錬金釜。
正確に言えば、これは優衣の異世界友達ロフニスの家に代々伝わる秘宝。
それを諸事情により涼坂家が預かってるだけなのだが、本人が「気にせず使っちゃって良いですよ!」と言ってくれたので、気にせず大いに活用しているのであった。
「あら、初めて見る感じの種が出来たんじゃない?」
香織は錬金釜の中からオレンジ色に輝く一粒の種を取りだし、満足げに呟いた。
何かを2つ入れると別の新しい何かに変わる、そんな不思議な能力を持つこの釜。
使い方は意外と簡単。
錬金したいアイテムAとアイテムBを釜の中に入れる。
さらに、〈錬金火種〉と呼ばれる錬金素材を適量投入するだけ。
ロフニス曰く、錬金するアイテムのレア等級により必要な〈錬金火種〉が変わってくるらしいのだが、それを入手するまでは錬金できないのか……と、がっかりしたのも束の間。
なんと、直樹が旅商人ポブロトから貰った(正確に言うと前払いで買った)アイテム袋の中に、〈錬金糖〉という錬金素材が入っていたのだ。
「早速、植えてみましょ!」
香織は軽い足取りでリビングを抜けて庭に出た。
赤や青、黄色や紫、緑に黒、白にピンクに……と、足りない色を探す方が大変なほど、本当に色とりどりの花が咲き誇っている。
最初は赤い花しか無かったことを考えると、錬金釜の力おそるべし、と言ったところだ。
ちなみに、今この庭に咲いているのは全て〈魔烈の花〉という名の花。
可愛い見た目とは裏腹に、花が枯れた後に残る実には様々な魔法の力が封じ込められており、自分や敵、それに床や壁にぶつけると殻が破れて中の魔法が発動する。
そう、それがいわゆる〈魔烈の実〉と呼ばれるアイテム。
つまり、香織は(本人がどう思ってるかどうかは別として)単に趣味で花を育てているわけではなく、家族みんなの異世界探検の力になっているのだ。
「よしっ、ここが良さそうね」
香織は色合いのバランスを考えつつ、黄色い花が多く咲いている辺りの土に新しく錬金した種を植えた。
そして、近くの地面に置きっぱなしにしていた水色のじょうろを手に取り、フンフンフンと鼻歌交じりで水を撒き始める。
それもただのじょうろでは無く、水属性の特殊な素材が使われているため中に入れた水の量よりも多くの水を撒くことが──。
ガサゴソガサ……。
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