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「あらやだ」
近くの草むらが僅かに音を立てると、香織は水を撒くのを中断。
じょうろを地面に置き、代わりにエプロンのポケットから〈魔烈の実〉を取りだした。
それは鮮やかな赤い〈魔烈の花〉から取ったもので、火炎属性魔法の力が封じ込められている。
レア等級的にはそれほど高くないのだが、ちょっとした魔物を追い払うには十分の代物。
香織は音がした草むらの方を向き、重心を低くしていつでもそれを投げられるように構えていると……。
「イムイムイムゥ~!!」
草むらから飛び出して来たのは、ピンク色のボディに、ふんわりボブヘアという可愛らしすぎるスライム。
香織とは一緒に異世界を旅した顔なじみだ。
「あらボブスラちゃんだったの! もう、驚かさないでよ~。っていうか久し振り! 元気だった?」
「イムイムゥ!」
「そう、元気そうで何よりね! あっ、そうだ。ちょうど良いものが……ちょっと待ってて」
香織は小走りでリビングに上がり、キッチンの棚から何かを取りだして急いで戻ってきた。
「はい、どうぞ!」
腰をかがめてボブスライムに差し出した香織の手の上にあるのは、ひとくちサイズのフィナンシェ。
「ほら、スラちゃんこれ好きでしょ? あっでも、最初に会った時にあげた高級なやつよりは全然安物だから、そこんとこよろしくね!」
何がよろしくなのか謎だけど……とスライムが思ったかどうか定かでは無いが、少なくとも嬉しそうな表情を浮かべているのは間違い無い。
「イムイムゥ~!」
頭をペコリと下げた後、ボブスライムは香織の手に向かって顔を寄せ、パクッとフィナンシェを頬張った。
「……イムイムゥ~!!」
「そう! お気に召したみたいで良かった!」
相変わらず、何のアイテムも使わないで天性の感覚でスライムと会話する香織。
もっとも、それはボブスライムの方にも言えるのかも知れないが。
「イムイムッ! イムイムゥ~!!」
突然、ボブスライムがピョンピョンと上下に跳びはねだした。
「ん? どした?」
「イムイムゥ~」
「あら、フィナンシェのお礼でもしてくれるの?」
「イムゥ!!」
ボブスライムは自慢のふんわりボブをなびかせながら、ピョンピョンと香織の横を通り過ぎ、そのまま涼坂家のリビングを回り込むように飛び跳ねて行く。
「そっちに何かあるのかしら? ちょっと待って~」
香織は可愛らしいスライムの背中を追って駆けだした。
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