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「どうした?」
歩斗は窓を開け、庭に置きっぱなしの履き古した靴を履きながら妹に声をかける。
「これ……」
地面を指差す優衣。
歩斗は靴のつま先をトントンさせながら妹の近くに駆け寄り、指差す辺りに目をやった。
そこにあったのは、無造作に置かれたスコップと濡れて少し色の変わった土。
「これがどうかしたの? いつもみたく母さんが種を植えたって事でしょ?」
「そーだけど、そのママが居ないじゃん!!」
「あっ……」
確かに、と歩斗は徐々に優衣の不安な眼差しの意味を理解し始めた。
学校から帰って来ると、香織は大抵リビングかこの庭に居る。
もし買い物などで外出するとしたら、書き置きを残しておくか携帯で──。
「そうだ」
歩斗はポケットからスマホを取りだして画面を確認してみたが、母からのメッセージは届いていない。
「えっ……ヤバくない?」
「もう! お兄ちゃんってば今さら気付いたの??」
「えへへへへ……」
照れる素振りを見せる歩斗だったが、その目は妹のそれと同じように不安の色で滲んだままだった。
例えば何かしら急な用事が出来て、書き置きも携帯での連絡も忘れて外出したとしても、それが玄関方向であればそこまで心配する必要は無い。
おっとりしていて少し天然入ってるとは言え、香織は立派な大人だ。
ただし、消えた方向が“こっちサイド”だと話は大きく変わってくる。
この世界ではどこでどんな魔物と遭遇するか分からず、ふいに危険なダンジョンに迷い込むなんて危険性もそこら中に転がっている。
剣術の才能に溢れてしかもレベル9まで成長した優衣はもちろん、レベル4とは言え頼りになる仲間の魔物を召喚できる歩斗でも、一人で探索することにそれほど心配は要らない。
しかし、香織はこの世界において全くの無力。
特別な武器もスキルも無く、レベルはもちろん1のまま。
「……探しに行こう!」
「うん! そんじゃ、私は遠くの方まで行ってみるから、アユにいはこの近くで探しといて!」
「オッケー! ……って、むむむ? なんでボクが近くで優衣が遠く?」
歩斗は不満げに口を尖らせた。
「なんでって、戦闘力もレベルも明らかに私の方が上だし」
気持ち良いぐらいズバッと言い切る妹の言葉に対し、兄は「く~……!」と言葉にならない言葉を口にする事しかできなかった。
ただ、6年生になって少しだけ大人になったのか、歩斗は母が消えたという緊急事態に免じて吐き出したい気持ちをグッと抑え込み、
「よし、そうだな。ユイ、無茶するなよ!」
と、既に駆けだしていた妹の背中に声をかけた。
「うん! お兄ちゃんもね!」
振り向きながら親指を立てた拳を突き出す優衣。
「おうよ! どっちが先に見つけるか競争だ!」
歩斗も親指を立て返しつつ、早速リビングの近くを調べ始めた。
香織が水を撒いた土がまだ濡れていたのを考えると、まだ近くに居る可能性は十分あり得る。
ただ、例えばとてもすばしっこい魔物や空飛ぶドラゴンみたいな敵にさらわれたりなんて事であれば、短時間でも遙か遠くまで……いやいや、と歩斗は首を横に振った。
異世界と言ってもこの辺りは平和なもんで、ドラゴンが遙か上空を飛ぶ姿は見たことあっても地上まで降りてくるのなんて1度も見たことが無い。
歩斗はそう自分に言い聞かせ、
「おーい! 母さんやーい!」
と周辺の探索を開始した。
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