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「よーしよしよし。どこから来たのかな? 飼い主さんからはぐれちゃったのかな?」
香織は事もあろうにノーガードで魔物との距離を縮めていく。
それを見逃すほどこの世界は甘くない。
ふんわりボブスライムは、一瞬スッと体の重心を後ろに持って行った。
そして、重心を移動させて一気に飛び跳ね……ようとする直前。
「あっ、これ食べる? お金持ちの家で出して貰ったやつだから絶対美味しいよ~」
香織はバッグの中に入っていた焼き菓子を取り出すと、袋を開けてスライムに向かって差し出した。
それは、ついさっきまで居た田所家で貰ったもの。
たっぷりのバターと砂糖を含んだフィナンシェ的なそれはとにかく甘い匂いを漂わせているが、ロフミリアの魔物は決して甘くはない無い。
ボブスライムは焼き菓子には目も……くれた!
「イムゥ~、イムイムゥ~」
可愛らしい猫なで声を発しながら、モジモジとした動きでフィナンシェに近づいて行くボブスライム。
「よしよし。ほら、お食べ」
優しく囁く香織の右手に向かって口をパクつくボブスライム。
エサに釣られたフリをしているが、実はその右手ごと喰いちぎってやろう……なんて恐ろしい策略もなく、器用にフィナンシェをもぐもぐするボブスライム。
「あら、もう食べ切っちゃったの? どう、美味しかった?」
「……イムゥイムゥ~」
「そう、それは良かった!」
普通にスライムと会話し始める香織。
満面の笑みを浮かべるボブスライムの顔を見て、自分も幸せな気分になっていた。
「でもごめんね、今はそれしか持って無いの。家には何かしらおやつのストックあると思うんだけど……そうだ。良かったら遊びに来る?」
「イムゥ!!」
「よし! じゃあ行こうか! って、そうだ。その前にちょっと行かなきゃいけない所があるんだけど、先にそっち寄ってからでも良いかしら? なんかこの先に宝箱があるみたいなんだけど……」
そう言うと、ボブスライムは香織の左手の方向──つまり、草むらに気付くまで進んでいた方向に向かってピョンと飛び跳ね、チラッと後ろを振り向いた。
「えっ、もしかして、案内してくれるの?」
「イムゥ!」
「やだ、ありがとう! じゃあ、お言葉に甘えて案内されちゃおっかな?」
「イムゥ~」
こうして、スライムの先導付きで宝箱探しを再開した香織。
何のアイテムも魔法も使っていないにも関わらず、もの凄い速さで異世界の魔物と仲良くなってしまったのは香織の秘めたる才能か。
はたまた、田所家の高級焼き菓子の力なのか。それは神のみぞ知る……いや、神とふんわりボブスライム自身のみぞ知る……。
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