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「お疲れさま~」
香織はニコッと笑って、
「ほら、これこれ」
と、宝箱を指差した。
「ああ、これか。確かにデカいな! こんなのが乗ってたら開くわけないな。っていうか、魔法の杖が入ってた宝箱とは違うよな……」
直樹は辺りを見回してみたが、元々あった空の宝箱の姿は見当たらなかった。
「何かお探し?」
夫の様子が気になり、香織は訊いみた。
「うん、さっき電話で説明した時『フタが開いてる宝箱があって……』って言ったけど、どうやら香織がどけてくれたヤツはそれとは違うみたいなんだよね」
「あっ、それね。確かに、私が見つけた時はフタも開いて無かったし」
「うーん……。俺とささみが地下ダンジョンに入った後、誰かが扉を閉めて、その上に宝箱を置いてフタを閉めたとか……って、サイズ感が全然違うんだよなぁ」
頭を捻る直樹。
「前のヤツが消えて、代わりにこの大きいヤツが生成されたんじゃない? たまたまその扉の上に。ほら、ゲームだとよくあるじゃん。しばらく経つと宝箱が生まれてたりするの」
香織は、頭の柔軟さを発揮させた仮説を提示する。
いや、でもゲームはゲームであって……なんて言葉がこの世界じゃ通用しないことは、直樹も重々承知していた。
とは言え、ダンジョン入口の扉の上に宝箱が生成されるってのはバグも良いところだな、と苦笑する直樹。
ただ結果として、妻との連携により無事脱出できた事実を踏まえると、バグではなくトラップだったという可能性もあるのかな、とも思っていた。
いずれにせよ、無事脱出できて胸をなで下ろすと同時に、腹の虫も息を吹き返しつつあった。
「とりあえず家に戻ろっか。疲れたし、腹減ったし」
「あっ、もしかして何も食べずに冒険出ちゃった感じ?」
「そうそう。いや、まさかこんなに時間食うとは思ってなかったけどね」
直樹は照れくさそうに頭をポリポリかいた。
「しょうがないなあもう。何か作ってあげるから、急いで帰ろ」
「おお、ありがてえ! って、そうだ。あのデカい宝箱の中に何か入ってたとか言ってなかった?」
「あっ、そうそう」
香織はバッグの中に押し込めた茶色い布袋を取り出した。
「それ? 中身見た?」
「うん。ほらこれ……」
香織は、広げた左手の平の上に袋の中身を出して見せた。
「これって……?」
直樹は、香織の手の上に乗っかっている小さな茶色いつぶつぶをマジマジと見つめながら訊いた。
「多分……種じゃないかな? ほら、どことなくスイカの種っぽく見えない? っていうか絶対種だよこれ。だってあんな大きい宝箱の中にこれだけが入ってたんだよ? それはもう、種しかないでしょ種しか」
「お、おうそうだな……」
妻の謎理論に戸惑いながら答える直樹。
そんな夫の反応などお構いなしに、香織の目はギラギラと野心に満ちていた。
「これをね、植えてみよっかなって。リビングの前の庭にね。いわゆる……家庭菜園ってやつ!」
と、言いながら屈託の無い笑顔を見せる香織の頭の中では、今まで見たことも無いような綺麗な花が咲き誇る光景が広がっていた。
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