潮騒と息の音

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 僕がわざわざ、ここまで来たのは、この人生を終わらせるためである。わざわざ遠路はるばる、この海に突き出した、切り立つ岩場へとやってきた。ゴツゴツとした、粗く、ベージュの岩が無造作に並び、海の中へと続いている。この粗い岩場の階段を下りれば、深い海へと沈んでいく。ここは死への階段だ。何人もの人々がこの岩場を下りていき、それぞれの人生を降りて、死んでいった。僕も、波打つ海にこの命を捧げよう。  何人もの人々が人生を終えるために降りていった階段を一歩一歩と下っていく。バランスを取るのが難しい……転んでしまいそうだ。 「ーー綺麗ですね……」 驚いて、よろけてしまった。背後で、儚げな少女の透明な声が聞こえた。誰もいないと思っていたので人の存在に驚いた。少女は、海の向こうの夕焼けを眺めているようだ。しかし、場所が自殺の名所なので、僕は面倒な説得を受けないためにも話を合わせることにした。 「そうですね。あまりに綺麗なので、近くで見たいなと思いましてね」 発言した後で、自分が動揺しているかのような違和感を感じたが、少女は気にする素振りもなく忠告した。 「岩場は危ないですよ。もっと丘まで上がってください」 言われるがままに岩場を登り、丘まで上がった。  少女の黒く長い髪が、潮風に踊る。少し色褪せた白いワンピースは、黄昏た夕陽に怪しく照らされていた。 「どこから来たんですか?」 少女は興味本位で聞いてくる。 「東京から」 「そうなんですか。こんな何もない田舎までわざわざ来たんですね」 「ええ、まあ。ちょっと用事があって」 しばらくの間、潮騒の中に沈黙が生まれた。 「あなたは……」 少女が何か言ったが、潮風が強く聞き取れなかった。僕は何となく自分への叱責のようなもの感じ、無視をした。確かに自分は罪を犯そうとしたかもしれない。キリスト教の教えでも自殺は罪と説かれていたような気がする。  僕は痺れを切らし、一旦宿に帰るために街へと戻ることにしたのだが 「無視しないでください。あなたは、この海で自殺しようとしていましたよね」 潮風が強く吹き荒む。僕は、面倒くさくなって逃げようとしたが、少女は続ける。 「ここでは大勢の人が死にました。でも、みんな最後にはこう思います。  ”まだ生きたい”と」 「生きたいやつは自殺なんてしなくていい。僕は死にに来たんだ。死ぬために行動を起こしたんだ。あとは海に殺してもらうだけなんだ。邪魔しないでくれ!」 気づけば、最後の方は声を荒げていた。 「人の思いや気持ち、意識というものは、即自的で刹那的です。一時の感情で死のうと行動すれば、いざ死を迎える時に、かつての自分の感情さえも後悔し、否定し、自分の過ちを恨むように死んでゆくのです」 「お前に、生きているのが辛い人間の何がわかる?」 「わかります。死んだ人の気持ちが。最後には皆、自分の息の音を愛おしく思うのよ」 僕は、発言内容よりもこの少女の真剣な真顔に驚いた。僕は、この少女のどこから学んだのか、宗教じみたものとも違うようなシビアな死生観に、なぜか希望と救いへの予感を感じ、素直に耳を傾けることにした。そういえば、人生が上手くいかなくなり、引きこもりはじめてから何か月も人と話していないと思い出した。
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