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「飲み会はどうしたのよ?」
シュークリームを食べながら、智穂が蓮に問い掛ける。
「なんとなく。一次会で帰ってきた」
砂糖もミルクも入れていない、黒いコーヒーで口の中をさっぱりさせた蓮が答えた。
「そうなの? ――ジャケットから蓮のじゃない香水の匂いがしたけど」
「ん……。ああ、隣に座ってた子のかも」
「隣に座っただけじゃ付かないような匂いだったけどなー」
「まぁ……。ちょっと抱きつかれたりはしたかも」
「おやおや、金居さん。歯切れが悪いですねぇ」
智穂が敢えて意地悪く笑うと、コーヒーのカップを持ったまま蓮が固まる。そして、観念したように口を開いた。
「いや、いい子だったんだよ。隣の子。――かわいいし、話も合うし」
残ったコーヒーを一気に飲み干し、険しい顔のまま蓮が続ける。
「一次会が終わった後、いい雰囲気になって――ホテルの前まで行ったんだ」
智穂の胸がざわめく。――それに気付かないふりをして、蓮の話の続きを待った。
それにしても出会ったその日にホテルまで連れて行けるなんて、この男……モテる。
本気で惚れたら厄介だ。何かある度に女の影を疑うハメになるだろう、と恋愛小説家の冷静な本能が、そう語りかける。
それを振り払うように、智穂は蓮の話に集中する。
「だけど、入らなかった。――別にフラれたとかじゃないからな。なんか、違うなって。正直かなり好みのタイプだったけど。
それで終わり。『俺たちもっとお互いを知ってからの方がいいかも』って連絡先だけ交換して」
「それは私が付けた噛み痕があるから?」
恐らくこの前蓮に付けた歯形はまだ残っている。そのせいで服を脱ぐのを躊躇ったのかと智穂は推察した。しかし、彼の答えは意外なものだった。
「そうじゃない。――単純にこの子とセックスするのは、違うなって思ったんだ」
「でも連絡先交換したんでしょ? なら、これから仲良くなってお互いのことを理解したらエッチするの?」
「多分だけど、もう連絡は来ない。――別れる時の表情を見たらわかる。……意気地無しだと思われたんじゃないかな」
砂糖とミルクがたっぷり入ったコーヒーに、智穂が口をつける。気が付けば胸のざわめきは収まっていた。
「それで、智穂の顔が見たくなった」
「なんでよ。訳わかないんだけど」
「だよな。俺もそう思う」
そして二人は同時に笑った。
どうやらこの関係は、まだしばらく続きそうだ。
「ねぇ、ゲームしない? 二人で対戦できるやつ」
智穂がリビングのテレビ横に置いてあるゲーム機を指差す。
「いいけど、何をやる?」
蓮は据え置きゲーム機を数台所持しており、それなり以上に腕前に自信があった。
智穂の家には『ストレス発散用』と称して、数台のゲーム機が置いてあり、時折蓮や、出版社の担当と遊んでいる。
「これ」
ゲームを起動させ、ソフトを画面に表示させる。それを見た瞬間、蓮がニヤリと笑った。
「言っとくけど、俺、これかなり強いよ?」
それは蓮も所持しているソフトで、それなり以上にプレイしている。ネット対戦もするほどだ。
「そうなんだ。私も練習しているから、いい勝負になるかもね」
智穂もまた不敵に笑った。
「負けたら罰ゲーム! ってのはどう?」
「へぇ。どんな?」
智穂の提案に蓮は一切怯まない。その表情には自信が漲っている。負けるはずがない、と。
「一試合負ける毎に、服を一枚脱ぐ。脱ぐものが無くなった方が負け」
「いいのか? そんなルールにして。素っ裸で『参りました』って言うハメになるよ?」
「ふっふっふ~。それはどうかなぁ」
お互いコントローラーを握り、キャラクターを選択する。
蓮は知らない。
智穂がこのゲームのシリーズを毎作やり込んでいて、今作も相当プレイしていることに……。
ネット対戦でも好成績を残すほどの実力者だということを……。
蓮が全裸にひん剥かれて「参りました……」を言うまで、あと一時間――。
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