鬼宿

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 まともな精神状態で聞けばそんなこと考えないが、事実として一人死んであり得ない死に方をしたのだ。 「あの世から鬼? 地獄から来るってこと?」 「いや、地獄の鬼とは違うみたいだ。ここに書いてあるのは死者の世界」 「同じじゃん」 「宗教か日本神話か、っていう違いだな。天国地獄の考え方は仏教とかだ。ま、とにかくこの世じゃない場所からやってくる鬼が寝泊りする場所だったみたいだ。言い伝えだけどな」  他の本には鬼が民家に入り人と一緒にいる姿が描かれ、鬼がどんな過ごし方をしていたか書かれていた。随分とフレンドリーな村だ。 「その鬼って、人間そっくりに化けたりするの……? ユタカがタツキ君見たって言ってたみたいに、誰かにそっくりに化けることとか」 恐る恐るという感じで聞いてくるユウカに俺は、知らない、と返した。 「そこまで読んでる時間なかったから。続き読めばわかるかもしれないけど、そんなことよりここ出た方がいいだろ」  その言葉に全員はっとして、周囲を見渡す。窓ガラスなどというものはなく、大きな障子が取り付けられている。外から真っ赤な夕日が差し込んでいて目の前には何も障害がないことがわかる。ここから出れば行けるのではないか、と三人が相談をする。わざわざ玄関から出なくても外に出られればいいのだ。  しかし、次の瞬間全員声を失った。夕日に照らされた長い長い影。人型の影がゆらゆらと障子にうつる。しかも微動だにしない。  ブンタがそっと、障子を少しだけ開ける。本当にゆっくりと、気づかれないように。そして2センチほど開けて、ゆっくりとその隙間を覗き込んだ。ユタカ、ユウカもそれに続く。  太陽が目の前にあるので夕日が直接差し込んでいる。わずかに眩しく目を細めた。そして、何メートル離れているだろうか、はっきりと人の形が分かる程度の大きさで見える範囲にそいつは居た。  逆光になって顔は見えないが、確かに人の形をしている。真っ黒な人影のようなものが、ただただそこに佇んでいるのだ。そして、ぽーんぽーん、とボールのようなものを上に向かって投げてはキャッチを繰り返している。バスケットボールほどの大きさだろうか、地面につくことはせずに上に向かって投げ続けている。はたから見ればボール遊びをしている人、だが。こんな廃村でそんなことをする奴がいるだろうか、という疑問しかない。 「……何してんのかな」  小声でユウカが囁くように言った。確かに、移動するでもなくひたすらボール遊びのようなことをしている。何が面白いのか、放っては掴み、放っては掴み。ひたすら同じ動きを繰り返すその様子は異様だ。 「あいつがどっか行かないと外に出れない」  ユタカが緊張した声で言う。これだけ距離があるので聞こえないだろうが、皆緊張してか人としての本能なのか、聞こえないように小声だ。なるべく音もたてないように、じっと張り詰めた空気が流れる。  どのくらいそうやっていただろうか、突然ソイツがボール遊びを止めた。そして右手をじっと見つめ軽く腕を振る。  その瞬間、何かが凄まじい勢いで飛んできた。驚いて皆横に飛びのくと、真後ろからガシャン! と大きな音がする。ブンタたちが驚いて振り向き、そこに在る光景を見て目を見開いた。 スマホが落ちていたのだ。そしてそれは。 「俺のスマホだ……」  ユタカがかすれた声でつぶやいた。凄まじい勢いで、たぶん柱に激突したのだろう、部品が飛び散り完全に壊れていた。スマホケースがなければスマホとはわからないくらい飛び散っている。当たったであろう柱にはくっきりとへこみができていた。 「嘘だろ……この隙間を?」  ブンタも信じられない物を見たという顔だ。つまり、あの遠くにいる奴は回収していたユタカのスマホを投げつけ、この2センチの隙間を通してきたのだ。数十メートル離れた2センチの隙間目がけて一切回転させず、直線で投げて通して見せた。ここに俺たちがいることに気づいているし、逃がすつもりはない、というメッセージをにおわせる。 「いなくなってる」  ユウカの声にブンタとユタカがもう一度障子を振り向けば先ほどまでゆれていた影はなくなっている。ただし二人とも隙間から外を見ようとはしなかった。当然だ、あのコントロールがあるなら外を覗いた瞬間何を投げられるか分かった物ではない。スマホの壊れ方からしてとてつもないスピードで投げられたことがわかる。そんなものが顔面に当たれば下手をしたら致命傷だ。盗られたスマホは一つではないのだから。
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