鬼宿

13/26
前へ
/26ページ
次へ
 ふと、さっき障子にうつっていた影と、今実際に見た距離があまりにも合わないことに気づいた。いくら夕日だったとはいえ数十メートル離れている奴の影が障子にうつるはずもない  おそらく俺らが障子を見ていた時はすぐそこにいて、障子を開けようと意識がそちらに向いているうちにあの距離に移動したのだろう。影はその時から見えなくなっていたのだろうが、外を見ることに集中していたので誰も気づかなかったのだ。普通の人間が、そんな速度で移動できるはずがない。勿論今それを言う気はない。 「どうしよう……どうしよう……」  ついにユウカが泣き出す。アイツには俺らが逃げ出そうとしていることが読まれている。どんなふうに立ち回れば気づかれずに逃げ出せるのか、ブンタもユタカも頭を抱えて考え込んでいた。 「あいつ、本当にタツキがさっき言ってた鬼なのかな」  ブンタが俺の顔を見ながら言う。その言葉にユタカとユウカが顔を上げた。 「まともな人間じゃないのはもう言うまでもないけど、何なんだって話じゃん。ここが鬼の住処……」 「宿」 「ああ、うん、宿ね。宿で鬼がいたっていうならマジもんで鬼だと思うか」 「どうだかな」 「でもさ、調べる時間なかったなら今調べられる?もしも本当にあれが鬼で、弱点とかなんか書いてないの?」  ユウカが縋るような目で俺を見てくる。確かにもうそれしか思いつかないのだろう。ユタカが本を手に取ってぱらぱらとめくるが、何だこりゃと言った。 「読めねえ……」 「旧字体表記だからな」 「タツキ君読めるんだ?」 「民俗学専攻だし」 「そうなんだ」  他の本もそうだったが、書かれているのはいわゆる歴史的仮名遣い、旧仮名遣いというやつで戦前まで使われてた書き方になっている。古文漢文のように難しくはないからなんとなく読めるとは思うが、漢字は旧字体の物が多く漢検2級以上ないと読めない物が多い。理系のユウカには苦手ジャンルで、確か帰国子女だと言っていたユタカは完全に読めないようだ。 「じゃ、俺はこれ読んでみるけどお前らはどうする」 「待ってる」 ユウカは即答する。ブンタも、俺も少しは読めるから手伝うと言ってきた。が、ユタカはあからさまに不満げだ。 「読み物はそいつに任せるとして、他の事やってた方がいいだろ」 しかしその言葉に、ユウカがわずかに顔を顰めた。 「例えば?」 「なんか武器になるもん探すとか。遭遇した時素手でやりあいたいのかよ」 「どんな武器」 「台所とかに包丁くらいはあるだろ」 「別にいいじゃん、そういえばタツキ君ナイフ持ってるもん」 「一個じゃねえか」 「うるさいな」  わずかにユウカが声を荒げる。その態度にユタカも苛ついたように「あ?」とすごんできた。 「そんなに行きたければ一人で行きなよ、バケモノがいるかもしれないところに。私絶対動かないよ。何で命捨てるようなことに参加するの決定みたいな感じになってるの、馬鹿じゃない」  ユタカが言い返そうとする前にブンタが二人に向かってやめろ、と強めに言う。 「喧嘩してる場合かよ、やりたきゃ外でやれ」  外、と言われてさすがに二人とも黙った。そしてブンタがユタカを見る。 「この状況でまたグループわけとか冗談じゃねえぞ。ユウカも言ってたけど、行きたきゃお前が一人で行けよ。俺はここでタツキ手伝うから」 「……なんでそいつの肩持つんだよ」 「肩持つとかひいきとかの問題じゃねえだろ、ここに生き残るヒントがあるかもしれないならそれ探すの普通だろ。お前さ、自分がおかしなこと言ってるの自覚ねえの?」 「なんかさ、解決策探してるようなこと言ってるけど、単にタツキ君に良いとこ持ってかれたのが気に入らないだけでしょ」  この場でおそらく最大の禁句、地雷をはっきりと言ってのけるユウカに内心すげえなと思った。そんなのユタカの態度を見ていればわかるし、それを言ったところで解決しないのなんてわかり切ってるから何も言わなかったというのに。
/26ページ

最初のコメントを投稿しよう!

98人が本棚に入れています
本棚に追加