鬼宿

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「さっき言ってた死者の世界の鬼と、地獄の鬼だけど」  唐突に俺がそんな話を始めると、ユウカはこちらを見る。 「地獄の鬼は地獄が職場で、与えられた職務を全うしてるだけなんだ。だから悪いとか怖いとか、そういう化け物とはちょっと違う。公務員だと思ってくれりゃあいい」 「死者の鬼は?」 「イザナギとイザナミの話は知ってる?」 「えーっと、どんなのだったっけ……」 「日本神話の、日本を作った男と女の神。ざっくり言えば、イザナミが死んだあと住んでた世界が死者の国だ。その時イザナギがイザナミを怒らせて、イザナミは死者の国から鬼を引き連れてイザナギを追いかけたとされてる。死んだあとの世界に鬼がいるなら、鬼はもともと人間だって説がある。ここに載ってるのは、そういった死者の国に関する鬼だ」  突然始まったよくわからない話を、ふうん? みたいな雰囲気で聞いていたユウカが、ようやくこの本に載っている鬼について説明するための前座だったことに気づき近づいてきて本を見る。 「ここに載ってるのは、この村が鬼の宿だったという伝説と、割といろんな種類の鬼が雑多に書いてある」 「雑多?」 「宿だったから、いろんな鬼がいたっていう認識なんだろうな」 「そんなにたくさん鬼がうろついてたっていう言い伝えなんだ。ねえ、鬼ってどこから来るの」 「あの世だろ」 「あの世でも、どこからあの世と繋がってるの、書いてない?」  着眼点が良い。イメージしているのはこう、何か出入り口みたいなのがあるとか洞窟のようなものがあってそこがあの世と繋がっているとかだろう。 もし鬼が行き来する道があるのなら、そこに送り返せばいい、とか思いついたんだろうな。表情がだんだん怯えから前向きなものになってきている。 「そういうのはない」  そういうと明らかにがっかりしたように肩を落とした。そして手伝えることがあるなら、と本棚から片っ端から鬼と書かれた本を引っ張り出しては俺のところへ持ってくる。そして見やすいよう鬼と書かれたページを開いていった。そんな中、あれ、と声を上げる。 「ねえ、さっき言ってた鬼宿ってやつ。ここに書いてあるのだよね?」  本を開いて見せてきたページは旧字体で書かれているが鬼も宿も旧字体がないのでそのまま書いてある。そんな中、ユウカが開いて見せたのは「鬼宿シ」と書かれたページだった。 「きしゅくし? って読むのかな。なんでシがつくんだろう」 「もしかしたらきしゅく、じゃないのかもな。おにやど、って読むなら『おにやどし』になる」 「鬼宿し。なんか、鬼の宿じゃなくて鬼を宿す、みたいな言い方だね」 「……」  ユウカの言葉に見ていた本の、鬼一覧が載っているページを開いた。そこには姿形がバラバラな鬼が絵で描かれれていて、簡単な説明が載っている。 「もしそうなら、説明っつーか辻褄があうな」 「え、何が」 「この村の伝承で鬼の種類がやたら載ってるのが。例えば、鬼を死者の世界から呼び寄せて人に宿すみたいなことをしたらいろんな鬼が出てきてもおかしくない。何のために、なんて聞くなよ」 「あ、ばれた」 「俺が知るか」 「だよね。でもそうなら、やっぱり鬼はもともと人間ってことになるのかな。じゃあ、意外と弱点一緒だったりして」 「同じかもしれないけど、あの身体能力見る限りじゃ目の前に現れたら間違いなく負ける。どうやって見つからないようにするかと、いかに近づかないで対処できるか。罠張るとか、そういう系だ」 「そっか、それなら安全だもんね」  ようやく解決策の糸口を見つけた、という喜びがあるのだろう。怯え切っていた今までと違って落ち着いた様子だ。どうしようもない相手を真正面から相手にする必要はない。しかし冷静になったからこそ、気づいたように扉を見つめる。 「ブンタって戻って来るかな?」 「どうかな、ユタカを一人にすることしないと思うからあっちはあっちで行動するだろ」 「そうだよね」
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