鬼宿

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 それにしても、と思う。本に載っている鬼が出たのならあの鬼はずっとこの村にいたのだろうか。それなら、弱点がない鬼は倒されずに今もこの村にうじゃうじゃいることになる。というか、鬼宿しとやらが本当に鬼をこの世に呼ぶ儀式か何かだというのなら、そんなことをして何の意味があるのだろうか。まだあの世からやってきた鬼が一休みする村です、の方が納得いく。考えても答えなんて出ないから仕方ないが。 「ここには罠作れそうなものとかないし、移動しよう」  書斎に道具があるとは思えないし何より血まみれですべって使い物にならない。この家の中を探索したわけじゃないが、古い家なら納屋とか作業場とかあるはずだ。あとは台所くらいか、ナイフ一本よりはもう少し刃渡りのある出刃とかあるといいな。  ヒジリは転がったユタカの頭を絶対に見ないように大きく顔を背けて震える足でゆっくりと歩き出した。その様子を確認してから、ユウカの前を俺が歩いて進んでいく。ゆっくり行こうと言われたが、どうせあいつは出てくるときは出てくるのだから、と適当に丸め込んだ。恐怖をあおって殺しに来るのなら、不意打ちや死角からの襲撃はない。  そう、不意打ちや死角からの襲撃じゃない方法でやって来るに決まってる。その方法をアイツは持っているのだから。  再び玄関にたどり着き、ヒジリが死んでいる場所までやってきた。さすがにユウカがぎょっとした様子で震えながら聞いてくる。 「そ、そっち行ってどうするの」 「ヒジリがいた部屋って台所だろ。ここなら使えそうな物あるかもしれない」 「……」 「いいよ、俺だけで見るから」  死体もあるしある程度血もぶちまけられているから近づきたくないと思うのは普通だ。ユタカの悲鳴を聞いてここに来た時、ちらっと調理場っぽく見えた。  部屋を覗き込むと相変わらずヒジリの死体が倒れていて、やはり頭がなかった。持っていったんだな、あいつ。頭を投げ込まれなくてよかった。全員パニックになって散り散りになっているところだった。それをやらなかったのは、やはり人間が怖がる様子が面白いからか。律儀にスマホを投げてよこしたのは、たぶんスマホが何なのかわからなかったんだろうな。  てきとうに使えそうな物を漁ってみたが錆が酷すぎる包丁くらいしか見つからなかった。それでも尖っていることには違いないし、使えると言えば使える。切れ味はあまり期待できないが力任せに突き刺せば刺さるだろう。 「ブンタ?」  部屋の外で声がした。部屋から出ると、微妙な表情をしたブンタが立っている。その表情は驚き、戸惑い、あとなんだろうな。疑い、かな? 不信そうっていう感じだ。左腕はべったり血がついていて、痛そうに右腕で掴んでいる。百面鬼に会ったんだな、でもよく生きてたもんだ。 「生きてたか、無事じゃなさそうだけど」  俺が声をかけるとブンタは答えない。ま、何考えてるのかはわかる。本物? って思ってるんだろう。 「待って、コイツ本物かどうかわかんないじゃん」  ユウカが強めに言った。それを聞いてブンタも負けじと、と言った様子で「そ、それはお前らだって同じだろう!」と言い返してくる。俺たちの誰かに化けて襲われたっぽい。 「私たちは二人いるし。ずっと一緒にいたんだよ、入れ替わるタイミングなんてなかった。二人いるときに襲われたんだから!」 「アイツが二匹いるかもしれねえだろうが! どうやって証明するんだよ!」 「あー、確かに。一匹とは限らんわな」  場違いな感じで俺が言うと二人とも何言ってんだコイツという顔で俺を見る。特にユウカの顔には恐怖が張り付いている。 「え、何」 「え、何、って。だから百面鬼が一匹とは限らないじゃん、俺たちが見てきたのが一匹ずつだっただけかもしれないし。対処しなきゃいけないのが複数いるかもってのは考えてなかった」 「……ひゃくめんき?」  ぽかんとするユウカをほっといて、怪訝そうに聞き返すブンタに俺は持っていた本を開いて見せた。まあ、こいつは本物だろうな。偽物なら今殺しに来ているはずだ。  あと、まだはっきりとした事は言えないがたぶん百面鬼はしゃべれないんじゃないかと思う。恐怖をあおってから殺すなら本人の演技をした方が効果的だ。ヒジリの時もユタカの時も、化けた百面鬼が言葉を発している様子はなかった。殺すのが楽しすぎて演技する間もなく思わず襲い掛かっちゃった、というパターンもありうるんだけど。
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