鬼宿

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 ブンタはしりもちをついたまま、必死に後ずさりして俺から逃げようとしている。  今見た光景はある意味友達が死んでいくより衝撃だったのかもしれない。それはそうだ、どうやっても勝てなさそうな化け物とやりあって勝ったのだから。しかもナイフ一本で腕や首を切り落とし、片手で大人一人分の体を何十回も地面に打ち付けもした。 ここまで来ればもうわかったはずだ、俺が普通じゃないってことに。 「あ、ああ、な、なに? おまえ、なに?」 見れば失禁もしている。緊急時に漏らすやつを見るのはこれで4回目くらいか。 「俺? ここ出身の鬼」 あっさり言えばブンタが目を見開いた。 生きていたのがユウカだったら、もしかしたら正体に気づいたかもしれない。俺と一緒に本を読み、「傀」「鬼宿し」などの知識を入れていて俺の過去まで聞いたのだから。 「もとは人間だったんだ、勝手に鬼宿しをやられてなんか知らんが鬼になってた」  自分の身に何が起きたのかわからず、鬼にされた怒りと無理やり鬼宿しをやられた影響からの精神不安定状態で村人を皆殺しにしてしまった。だから真相などがわからなくなってしまったのだ。  傀は人間を使って鬼宿しをする。鬼をわざわざ死者の世界から呼び寄せて。何のためにやるかなんて知らない。本を読んでも書いてなかった。そりゃそうだ、儀式とかやばいもんの説明書なんて残すはずもない。こういうのは口伝だ、だから俺が殺してしまったせいで鬼宿しについて知っている傀がいなくなってしまった。  わけもわからず村を飛び出して、数十年はぼんやりと山などに隠れながら生きていたが、第二次世界大戦で山が焼けてしまったので少しずつ人間社会の中で生きるようになった。終戦後はどこの誰という証明ができない人が大勢いたから紛れ込むにはタイミングが合ったのだ。  人間だった頃村の外に出たことがなかった俺は自分の生まれ故郷が何県のどこなのかもわからなかったが、今回たどり着いて心底驚いた。村の入り口の像、あれに見覚えがあり調べた結果ようやく思い出した。  黄泉平坂四十九番。像に書かれていた文字だ。有名な黄泉平坂は出雲だが、実は日本全国に黄泉平坂……あの世への入り口とされる場所が複数あることを知った。誰がナンバリングしたのか知らないがここは49番目の黄泉平坂。だからおかしな儀式なんてあるんだろうけどな。  村の前にあった墓の苗字に見覚えがあって当然だ、あの苗字の奴らは全員俺の親戚だったのだから。中央に詰まれた石はたぶん俺に殺された奴らを弔ってやったのだろう、コイツが。結構仲間想いだったんだなと妙に感心した。 「ちなみにな、コレがお前ら殺しにきたのはたぶん像を汚ねえ手でべたべた触ったりふざけて遊んだから怒ったんだと思うぞ、あれこの村じゃ神聖なモンだからな。ついでに墓石の上に乗ったのが完全にアウトだ、たぶん死んだ仲間を弔ってやったのコイツだろうから」  そう言ってポイっと百面鬼の頭を投げてやるとひいい、と悲鳴を上げてゴキブリのようにしゃかしゃか手足を動かして必死にはいつくばって移動した。別に顔があるわけじゃないのにそんなに怖いか? これ。  割と村にいた奴は傀とか風習を神聖視していて郷土愛が強かった。俺を殺しにかかったのは俺の正体がわかったからかな、傀を、村の連中を皆殺しにした敵だし。  そりゃ、百面鬼でも避けられなかった粉塵爆発を人ひとり抱えて一瞬で壁を破壊して外に出るなんてことすれば「人間じゃない」とわかる。俺だって火だるまになりゃ多少ダメージはあるからな、それに車のカギ持ってるのブンタだし鍵壊れたら困る。 「久々の里帰りになったけど、何もなかったな」  昔の事などほぼ覚えてないのでもうちょっと調べたら何かあるかと思ったけど結局資料らしい資料もなかった。当てが外れた。百年くらい経ってるから記憶が薄れたが、あのバカでかい家はなんてことはない、俺の実家だ。じゃあ帰るか、と背伸びをした。 「鍵」  俺は普通に言ったつもりだが、ブンタは青ざめてがくがくと震えている。手を目の前に差し出し、もう一度言った。 「車のカギ、早く」  必死にポケットを探り、地面に鍵をおいてゆっくりと後ろに下がっていく。そりゃ、手渡しは嫌か。それはわかるが、ヒグマか何かに遭遇したみたいな態度だな。実際はヒグマよりタチ悪いか。
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