鬼宿

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 ブンタは凄い勢いで走り出した。すげえな、今日イチ動いてる。別に殺す気はないんだが。  向かった方向は来た道だ、車に戻ろうとしているのだろう。ああ、そっか。スペアキー持ってんのか。  辺りを見れば真っ赤な夕暮れだ。そして、燃えていた家がすでに鎮火し何事もなかったかのように元の姿に戻っている。理屈はよくわからんが、そういう場所ってことか。  あれだけ時間が経ったのにこの村はずっと夕暮れだ。本当なら夜になっているはずなのだが。何がどうなってそうなったのか知らないが、「逢魔が時」が固定されているのか。俺を無理やり鬼にしたとき何かをしくじったのだろう、儀式の失敗により悪影響が出るのはまあよくある話だ。  ふと見れば百面鬼の頭がない。たぶん、俺がぐっちゃぐちゃにした体も元の姿に戻っているだろう。戻らないのは人間の破損だけ。死なない奴は元通りになるが死んだ奴は生き返らないようだ。  車で先に帰られると面倒だから追いかけようかと思ったが、遠くの方、普通の人間じゃ聞こえない距離だが俺には聞こえる。遠くからブンタのパニックになった声が聞こえてくる。  さくさく歩いてようやく追いついた。村入り口の目印となっている像の辺りで、ブンタは叫んでいた。なんでだよお、なんで出られないんだよおと泣いている。 「何してんの」  俺が声をかけるとびくりと大きく飛びのいた。ただ俺がいつも通りの雰囲気で特に殺しにかかってくる様子はないせいか、泣きながら訴える。 「出られないんだ、何回この先まで走っても戻って来るんだ、出られないんだよ」 「ふうん?」  その言葉を聞いて、ようやくわかった。そっか、そういうことか。 「そういや昔じーさんたちが黄泉路は一方通行で戻れないとか言ってたな。そっか、この村って出られねえんだ」  俺の言葉にブンタが間の抜けた声をあげる。 「は? 出られないって、お前は出たじゃん。村から出たじゃん」 「そ。だからだ。鬼しか出られないんだ、この村。死者が現世に戻ることはできないような造りになってるんだな、黄泉路ってのは。逆流できるのは鬼だけだ。だから鬼宿しがあるのか」  自分で言っていてなるほどなと納得した。鬼ってのは移動手段だったのか。呼べる鬼は選べなくておかしなのがいろいろ呼ばれたんだな。そういえば俺が鬼宿しやられた時はそんな説明なしに、どれだけ強い鬼が呼べるか試してみた、的な事言われてキレたんだっけ、忘れてた。それにしても鬼にならないと出られないってどんだけイカレた村だったんだ、近親相姦もいいとこだ。  いやあ、どうかな? もしかしたら鬼となった人が村の外から男や女をさらってきたのかもしれない。いかにも鬼って感じのエピソードに合致する。周囲に村はないけど、遠く離れた所にはあるし、そういう言い伝えがないか調べてみれば出てくる気がする。この村の周囲に人里がないのは特別な場所だから、というのとさすがに周辺の村に噂が伝わって近くに寄るのをやめたのかもしれない。
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