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「なにこれ、神社にある狐とかみたいなやつじゃん」
ヒジリがまじまじと見ながらつぶやいた。そこに在ったのは石柱の上に鎮座する狛犬のようなものだ。キツネや狛犬、というわけではなさそうで、なんといえばいいのか。空想上の生き物と言えばそんな気がする、という見た目をしている。顔はイヌ科に見えるが胴はなんとなく猿とか二足歩行できる生き物に見える。
よく観察したいが草が邪魔なので、鞄からアウトドア用のナイフを取り出し絡みついてる草を切り取った。
「ナイフなんて持ってきたのか」
「あると便利」
ブンタが意外、というように聞いてきたのでこれにもそっけなく答える。像の台座周辺の植物を切りおとしてきれいにすると、文字のようなものが彫ってあるのがわかる。しかし長年の雨ざらしによってひどく劣化している。
「タツキ君なんて書いてあるの?」
「……」
ヒジリやユウカが文字の辺りを擦り、木の枝で文字に詰まっているコケなどを落としてみたが結局はっきりとした文字の形はわからなかったらしい。女子二人はすぐに興味をなくして像から離れた。
ブンタが角度を変えながら文字を見つめるがさっぱりだったらしく首を傾げる。
「読めねえなあ」
「それにしても何の像だろうなこれ、すっげえ口」
ユタカが像の口に手をつっこみ、「うぎゃああ」とおどけて見せる。ブンタもそれに乗っかり手が食われる、とか騒いでいるが俺はそれを冷めた目で見てそろそろ行こうと皆を促した。
そこから少し歩いたところに長方形の石がゴロゴロと転がったり立っている場所が見えてくる。一瞬何だろうと思ったが、すぐに分かった。
ヒジリたちが首を傾げて石をまじまじと見つめる。積み上げられた石の数々を、ブンタとユタカが上って調べ始めた。綺麗に形が揃っているものもあるが、その辺から掘り起こしてきたような石までいろいろとある。
「なんだろうねこれ?」
「墓だろ」
ヒジリの何気ない言葉にそう返すと、ヒジリとユウカが目を丸くしブンタたちはぎょっとした様子だ。今まさに上っているのだから当然だ。ブンタは慌てて石の山から飛び降りたが、ユタカは登ったままだ。
「どこが墓だよ、ただの石の山じゃん」
はなから信じていない様子のユタカが石の上から言うのでくい、っと顎で示した。
「名前掘ってある」
俺の示した石にブンタが近づいてよく見る。
「……ほんとだ、マジだ。よく見えないけどナントカ家、って彫ってあるな」
「はあ? マジ?」
ようやくユタカは石から飛び降りるとちらりと目線だけ向けて、ああほんとだ、とだけ言った。あまり興味なさそうだ。墓の上に乗って申し訳ないという気持ちはないようだ。
「ま、いかにもそれっぽくていいんじゃね? もうここはいいだろ、早く先行くぞ」
そう言うとユタカは他のメンバーの意見を聞かず一人歩き出してしまう。女子二人もチラチラと墓石とユタカを交互に見たが、ユタカの後につづいた。ブンタは証拠、と言いながら数秒ほど動画を撮って皆を追いかける。
俺は墓石の山を一周ぐるりとまわって確認した。読み取れたのはキソウ家、ヤギ家、ナキリ家、キリュウ家、ヤシキ家。何故か全部片仮名で掘られている。
苗字が掘られている墓石は長方形でいかにも墓石、という感じだ。傾いていたりしているが、ちゃんと墓のように立っている。しかしどこかから集めてきた石を積み上げた石たちは苗字がない。これらがすべて墓石なら、これだけの数がこの下に眠っているという事だろうか。
そしておそらく、先ほど読み取れた苗字。たぶん「キ」や「ギ」は、「鬼」ではないだろうか。鬼相家、八鬼家、百鬼家、鬼柳家、八子鬼家。そんな苗字を以前見たことがある。鬼の名がつく人たちの村か。
「おーい、置いてくぞ~」
ブンタの声に一応顔をあげ、ちらりと墓を見てからその場を後にした。家、がついている墓石は確かにその家の墓だろう。じゃあ、墓石の形さえしていないこの石の山たちは一体「誰」を弔っているのだろうか。
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