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後から後から枯れ知らずの涙達が流れ出てきたけれど、三人は、慌てることもなく、ただじっと、そばにいてくれた。
優しい言葉は欠かさずに。
私は床に膝をつき、祖母として孫としてははじめて前崎さんの手に触れ、とにかく今のこの想いを伝えようと、ぎゅっと握りしめた。
「私……、私も、さっき知ったばかりで……」
涙に邪魔されてしまう会話は、所長…私の父が、補足してくれた。
「私がお二人の息子であることは、娘には話していませんでしたから、きっと今夜、娘はさぞかし驚いたことと思います。ですが、娘の名前は、”千” という字に、彬文の ”彬” という字で、千彬といいます。誤った字を付けられた私よりも、より濃くお二人の名前を引き継いでいるんですよ」
「まあ、千彬さん?岸里さんの下のお名前は、千彬さんなのね。本当、わたし達の名前を足して二で割ったお名前ね」
「文世が考えたのか?」
「はい。妻も賛成してくれました。自分の子供のために、自分の子供を手放すという辛い決断をされたお二人の、親としての愛情の深さに感銘を受けたようでした」
父が、私の肩をトンと叩く。
「ですから、娘にも、お二人のように深い愛情を持ってもらいたい、そう願い、二人で名付けたんです」
右肩に、ぬくもりが乗りかかる。
小学生の頃に自分の名前の由来を訊いたことはあったと思うが、その時教えられたものとは違っていた。
幼い頃から両親との時間は圧倒的に少なかったが、私は、生まれたときから間違いなく両親の愛情に包まれていたのだ。
そう再認識した私の涙は、さらに勢いを増してしまう。
時間は有限なのに。
今夜は、永遠に続くわけではないのに。
泣いている場合じゃない。
今夜の主役は私ではないのだから。
お二人のため、お二人が息子さんと再会するための夜なのに。
すると、必死に泣くのを止めようとする私の頬に、前崎さんの指が掛かった。
涙をひとすじ、拭ってくれたようだった。
「……夫はともかく、わたしは、そんなに出来た人間ではないわ。あの夜 ”アヤセさん” に息子を託した後も、本当にこれで正しかったのか、ひょっとしたらあの ”アヤセさん” という人物に騙されただけだったんじゃないか、だとしたら、ただ息子の命を縮めてしまっただけなんじゃないのか、そんな後悔や懺悔や、自分自身への怒りが、ず―――っと、ここにあったの」
前崎さんは私の涙をすくった指で、今度はご自分の胸をつついた。
「先生には心臓の病気だと言われたけれど、もしかしたら、わたしは、その治療で息子が苦しむのを見たくなかっただけなのかもしれない。だから、はじめて会った人なのに、これで息子を救えるんだと思い込んで、簡単に預けてしまったのかもしれない。わたしは、結局、難しい病気になった息子から逃げていただけなのかもしれない……」
「そんなことありません!」
私は涙も引っ込めて、そう声を張り上げていた。
消灯過ぎの病室に相応しくない音量であることはじゅうぶん承知だが、とにかく前崎さんの言葉を止めたかった。
けれど前崎さんは私ににっこり目を細めると、
「そうね。あなたが、それを教えてくれたわ」
そう告げて、私を抱きしめたのだった。
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