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「ねえねえ岸里さん、ちょっとお話しない?」
ある日、日勤だった私は退勤直前に前崎さんにそう誘われた。
今日は朝からよく晴れた天気で、前崎さんは車椅子で院内を散歩していたらしい。
部屋に戻るところに出くわし、上品な笑顔で車椅子から見上げられたのである。
私はこの病院では新米の位置付けなので、勤務時間外のことを勝手に判断もできず、その場では返事を保留にし、引継ぎで顔を合わせた直属の上司にあたる人物に意見を求めた。
すると、
「前崎さんがそう仰るなら、お付き合いして差し上げたらいいのでは?」
上司はにこやかに応じた。
後々聞いたところでは、ご主人と死別されてお子さんもいらっしゃらない前崎さんは身寄りがなく、見舞客もおらず、時々他の入院患者さんと触れ合うことはあっても個室なので基本的にはお一人で過ごす時間が長いことから、スタッフの間ではなるべく声をかけようということになっていたらしい。
もちろん他の患者さんについても、その方がより良い入院生活を送れるように配慮すべきではあるのだが、こと前崎さんに関しては、特別に目をかけられてる印象を覚えた。
そういうわけで、前崎さんのお相手をすることは看護師業務の一部とも見なされるというので、私は周囲の目を気にすることもなく前崎さんとの時間を増やしていったのだった。
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