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それから一時間ほど経って、ようやく彬くんが姿を見せた。
息も絶え絶えになって、懸命に急いだのは見て取れた。
だが、遅すぎた。
彬くんは、わたしの顔と周囲の雰囲気から最悪の結果を察したのだろう、『そんな、まさか……』と、よたよたと不安定な足取りで、義母のもとに歩み寄っていった。
『母さん………っ』
体じゅうの感情を絞りだすような囁きに、わたしは、今までどこに行ってたのかと詰め寄ることはできなかった。
その姿が、あまりにも痛くて。
『母さん………』
親子の別れは、切ないほどに、静かだった。
静かすぎて、わたしも、何も言葉を発することができなかった。
だから、このとき彬くんが右手に持っていたチャコールグレーの見慣れないハットのことすら、問いかけることもしなかったのだ。
その後、通夜や葬儀はわたしと彬くんの二人だけで執り行った。
彬くんの叔父さまには連絡がとれなかったらしい。
ほとんど唯一の親戚なのに、きちんとお伝えしなくて大丈夫なのかと尋ねても、彬くんは『気にしなくていい』の一点張りだった。
このときも、違和感がなかったはずないのに、それでもわたしは、義母を失った空虚に囚われるばかりで、いちいち心を動かすこともできなかったのだ。
あとから思い返せば、いくらでも疑問が浮かんでくるのに……
このときのわたしには、彬くんがぽつりぽつりとこぼした言葉が、すべてだったのだ。
『二人ぼっちになったんだな………』
『もう、誰にもいなくなってほしくないよな………』
『俺達の悲しみの先には、何が待ってるんだろうな……』
『千代は、ひとりぼっちにしたりしないからな……』
こうして、結婚二年目、わたし達の家族は、二人きりになってしまったのだった。
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