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「ねえ、覚えてる? お父さんがヒーローだったこと?」
連休を使って、祖母の家に遊びに来ていただけなのに、思わぬことを聞かされてしまう。
父はあたしがまだ5歳だったころに死んだが、ずっと交通事故だと思ってた。
遺影で顔は知っているけど、どういう人だったかまるで記憶がない。
母は父に関するものをすべて処分していて、家には写真すら残っていなかったのだ。
父のことはほとんど語らず、機嫌の悪いときに文句を言うだけだった。
「ホント、いてほしいときにいないんだから……。私がどれだけ苦労したことか……」
母の前で父の話は避けるべきだと、子供ながらに思っていた。
だから最近では、父ははじめからいなかったものとしている。母との二人暮らし。それで全然、事足りるのだ。
そのため、今になって父の職業を聞き、びっくりしてしまったというわけ。
「ヒーローってことは、怪獣にやられちゃったの?」
「……そうね。そうなるわね」
祖母は悲しそうに言う。
特に深い意味はなかったのだけど、言い方が悪かったなと後悔する。祖母にとっては、実の子のことなのだ。
怪獣に潰されてしまったのか、光線で焼かれてしまったのか。確かに考えたくない。
祖母はちょっと待っててと、押し入れをあさり始めた。
「これしか残っていないんだけど……」
そう言って取り出したのは、ブレスレットだった。
父がヒーローをやっていたときのものなんだと思う。
ヒーローは皆、アイテムを使って変身し、怪獣と戦うものなのだ。
「他は捨てちゃったの?」
「ううん。他には残ってなかったのよ。食べられちゃって」
絶句。
怪獣に食べられて、ブレスレット以外消化してしまった、ということなんだろう。でも、それ以上は知りたくなかった。
母は行かないので祖母に連れられ、墓参りに何回か行ったことがあった。もしかすると、骨は入ってなかったのかもしれない。
「よかったら持っていって」
「あたしに?」
「こんなのでも生きた証だから。それに、サヤカちゃんが持っていたほうがあの子は喜ぶわ」
「そう……」
親の形見と思うと、ちょっと重い。
でも、父に関連するものはこれまで何もなかったので、それを手にしたいという気持ちが沸き立ってきて、そわそわしてしょうがない。
母は嫌がるだろうと思ったけど、あたしは父のブレスレットを受け取っていた。
自分でもビックリしている。
父なんていないもの。父なんていらない。そう思っていても、亡き父の面影を追いたくなるのが子なのかもしれない。
「ありがと、おばあちゃん」
仏壇は祖母の家にしかないので、普段は父の写真を見ることができない。
あたしは久しぶりに、父の顔を見て線香をあげた。
いつもはこの人が父なんだなとぼんやり考え、形式的にやっていたが、今日は違った。
当然、父の遺影が笑いかけてくれなんかしないけど、なんだか温かい気持ちになれたのだ。
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