だからヒーローは戦える

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 ブレスレットは持ち帰って、母に見つからないよう、机の引き出しの奥にしまった。  しかし、つい勉強の合間に取り出しては眺めてしまう。  ブレスレットは、見た目以上にずっしりと重い。それは紛れもなく、ヒーローが使うプロ専用の品ということだ。  使い込んでいたのか、怪獣の胃の中で溶けたのか、ブレスレットは傷だらけだった。けれど、父が激戦の中を生きていた、ということが分かって嬉しく、その傷を指でなぞってしまう。  ヒーローは特別な存在で、生まれつき、一般人にはない不思議な力を持っている。ブレスレットやアイテムがその力を最大限に引き出してくれ、体長何十メートルもある巨大怪獣と渡り合うことができる。  怪獣は世界中に出没していたが、この街にも現れたことがある。10年前。父が亡くなった年だ。今思えば、父はこの怪獣襲来で亡くなったということになる。 「この街を救ったんだ……」  部屋の窓からは、何の変哲もない住宅群が見える。古くからある家ばかりで、みんな普通に屋根のある家に暮らしている。  怪獣が出没するようになってからは、多くの人が住むところを失い、こうした生活をするのが難しくなっているという。  この街を守ったのが自分の父だと考えると、ちょっと誇らしくなる。 「サヤカ! 何持ってるのよ!!」  青天を破る霹靂。  突然、背後に現れた母にブレスレットを奪い取られてしまう。 「何するの!! 返して!!」  反射的に取り返そうとするが、母はブレスレットを抱え込むように持って、手が出せない。 「どうしてサヤカがこれを……」 「おばあちゃんにもらったの。いいでしょ、お父さんのなんだから!」 「お父さんなんていないわ。子供がこんなの持ってちゃダメよ。これは私が捨てておくから」 「やめて!!」  ブレスレットをめぐって取っ組み合いになってしまう。  せっかく手に入れた父の痕跡を失うわけにはいかない。  あたしは強引に母を押しのけて、ブレスレットを奪い取った。  だがその際、母はバランスを崩して壁にぶつかってしまい、うめき声をあげた。 「ごめん……」  これまで母に謝ったことはなかった。だが、すぐに謝罪の言葉が出た。  母が女手一つで自分を育ててくれ、その苦労も分かっていたし感謝もしていたから、母とはケンカしたことがなかった。  しかしはじめて母に刃向かい、暴力を振るってしまった。それが自分でも信じられなかったのだ。 「どうして……。どうしてこうなるのよ……」  母はその場に崩れ落ち、涙を流した。 「私の何が悪いっていうの。頑張ってきたじゃない。それなのに……」 「あ、あの……お母さん……」  いつも頼もしい母なのだ。何でも相談に乗ってくれたし、常にあたしのことを考えてくれた。こんなに取り乱したのは見たことがなく、どうしていいのか分からない。 「…………お父さんはね、ヒーローだったのよ」 「う、うん……」 「怪獣が現れたら一番に出動してみんなを守った、人気のあるヒーローだったわ……。でも、それは表向きのこと。仕事ばかりでしょっちゅう怪我をしてたし、全然家には帰らない。最後には戻って来なかった……」  この街を守るために変身して戦い、怪獣に食べられてしまったのだ。 「ほんと、ろくでもない父親よ……。私やサヤカをほうりだして、ヒーローであることを優先するんだから。ちやほやされて、さぞかし嬉しかったでしょうね。私は三人で普通の生活ができれば十分だったのに……。あの人は全然私の言うことを聞いてくれず、そのまま……」 「教えて……。どうしてお父さんは死んだの?」  母は父を非難するが、それがただ嫌っているものではないと分かった。好きだったからこそ、早逝した父が憎いのだ。  母の心を再びえぐるような問いなのは心苦しいが、父の死について聞くなら今しかないと思った。あたしは二人の子なのだから。 「…………子供がね、怪獣に食べられちゃったのよ。わしづかみにされ、口の中にほうり込まれて……。誰もが助からないと思うじゃない。でも、そう思わない馬鹿な人がいたのよ」 「お父さん……」 「自分から怪獣の口に飛び込んだの。信じられる? 結局、子供を助け出したのに、自分はそこから出てこなかった。マヌケよね……」  もちろん、自分の意志で脱出しなかったわけじゃない。子供を助けたところで、力尽きたのだ。 「そんなこと、ない……」 「私が止めればよかったのよ……。あの人は自分の命を軽く見過ぎて、いつも人のことばっか考えてた。…………私も正義感があって、困っている人がいれば必ず助けようとする、あの人が好きだったわ。だから、言えなかった……。あの人の命がどれだけ、私にとって大切なものだったかを。それがあの人の足かせになってほしくなかったから……。すべて終わってから言うなんてマヌケよね……」  その後、怪獣は他のヒーローによって倒された。すぐに救出が試みられたが、ブレスレット以外何も残っていなかったという。  父の死を信じられなかった母は、父の存在を消した。
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