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あたしは母にかける言葉が見つからず、家を飛び出して、彼氏と会っていた。
部屋着にパーカーを羽織っただけのラフな格好。そんなことを気にしない人なので助かる。そして、ちょっとかっこいい。
ブレスレットはポケットに入れて持ってきてしまっている。
「ねえ、レン。ヒーローってどう思う?」
「つらい仕事だよな。あんなデカい怪獣と戦わなきゃいけないなんて。俺には無理だな」
「そうだよね……」
「すごいのは間違いないけど、カッコいいのは外面だけ。実際は相当なブラックだからな。『人の思いが強くする』だっけ? ヒーローの標語」
「そんなこと言うよね」
「子供のころはかっこいいと思ったんだけど、今となると恥ずかしいなあ」
「あはは……」
レンの言うことはもっともだ。
子供は、自己犠牲の精神で怪獣と戦うヒーローを無条件で好きになる。だが、その仕事のハードさを知ってしまうと、尊敬はすれど憧れはしない。
父のように殉職するヒーローは年に何人もいて、あたしもこれまでそう思っていた。
「ヒーローってなんでやってんだろ? 普通に死にたくないよね?」
「死にたくないね。人のために自分を犠牲にするとか意味分からねえ。死んだらおしまいじゃんか」
「やっぱマヌケなのかな……」
父は死ぬのが怖くなかったんだろうか。死んだらもう何もできないし、大好きな人にも会えない。
死んだら遺族が不幸になる。父は自分の命を失っただけでなく、母を不幸にしたマヌケなのだろうか。
そのとき、ウーウーとサイレンがけたたましく鳴った。
怪獣襲来を知らせる警報で、町中のスピーカーから鳴り響いている。
「怪獣? ウソでしょ……」
この音を生で聞くのは久しぶりだ。
しかしこれが誤報でないことはすぐに分かる。
遠くのビル群の中に、まばゆい光線を吐き出す怪獣の姿が見えたのだ。
大きい。30メートルぐらいはあるだろう。
二足歩行するトカゲタイプで、巨大な牙を持っている。
「おい、逃げるぞ!」
レンがあたしの手を引き、走り出す。
すでに街はパニック状態だった。人々は慌てふためき、怪獣がいる方向の反対へと、がむしゃらに走っている。
人波に飲まれて、レンとはぐれてしまいそうだ。
「あっ!!」
真っ暗な影がかかったと思ったら、空から巨大な物体が降ってきていた。
怪獣の光線が流れ弾として飛んできて、ビルに当たり、その破片が落下してきたのだ。
避けられないと思った瞬間には、それは落下を終えていた。
地面と激突する轟音と共にほこりが舞い上がり、一瞬で視界が真っ白になる。
なんとか生きている。あと少し前にいたら、瓦礫に潰されていたはずだ。
「レン? レーン!?」
ごほごほとセキをしながら、レンの姿を探す。
「おい、ここだ」
煙の中でレンは、しっかりとあたしの腕をつかんでくれる。
「よかった……」
「ああ。ここは危ないな、すぐ逃げよう」
怪獣はまだ遠くにいるはずなのに、その叫び声がここまで聞こえてくる。
逃げないといけないのに、体ががくがくと震えて、自由に動かない。
10年前にも怪獣の襲来を経験しているはずだが、あたしはまるで記憶にない。ニュースでその暴威は嫌というほど聞いていたが、怪獣がこんなに恐ろしいものだとは思わなかった。
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