◇1st-ITEM/名刺

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◇1st-ITEM/名刺

◇1st-ITEM/名刺 ──────────────── 「初の顔触れだな。名は何と申す?」 「貴様に名乗る名はない!」 いや、そうですよね。立場的には名乗りたくなどないですよね。わかりますよ。わかりますけどね、それが流れなので空気には乗って頂きたい。 「まぁ良い。うぬらは私を地に沈めたいのだな?」 「そうだ!貴様の悪事は世に知れ渡っている!俺たちでお前を倒すんだ!」 あー、始まりましたよ。俺、何もしてないけどな? 「ならば問う。まず私に差し出す物があるだろう?私を倒したいと申すのならば、それを私に差し出すが良い!」 「…差し出す…?何を。…まさか貴様!生贄をか!」 要らねー。絶対的にそれ要らねー。 「それすらわからないのか。ならばうぬらと争う道理はない。『名刺』が用意出来たら再び来るが良い」 「…『メイシ』?何だそれは」 「私かて暇ではない。知らぬ人間と争う気は毛頭ない。帰れ!」 こればかりは仕方がない。これが今の俺の仕事だから。 ─────────────── 俺の名前はカミシロアツシ。漢字では神代温志と書く。ホームセンターで正社員として働いている。いや、働いていた、と言う方が正しい。恥ずかしながら、諸事情により魔王業をしている。 本業としてホームセンターの仕事もあるのだが、なにぶん今はこちらがメインになっている。だが言わせて貰おう。あくまで本業はホームセンターだ。 きっかけは何だっただろうか。 とりあえず『きっかけのひとつ』と言えるのは息子だろう。息子は現在14歳、箸が転がっただけでも楽しい中学2年生。最近はラノベや動画配信が盛んな為、様々なメディア情報が入って来る。 ある日仕事から帰宅し、疲れながらも風呂の脱衣場の扉を開けた瞬間だった。 「…俺の右手の傷が疼く…」 すげー台詞を呟きながら、怪我した右腕のガーゼを取り替えていた息子と遭遇。気まずくて、何も見なかった振りをして扉を閉めた。 中学2年生、そう言う年頃だ。少ながらず自分も通過した。そっとしておいてやろう。 直接的なきっかけはこれだ。 ある日、職場であるホームセンターで宅配ボックスを購入した。ネット通販も増えたしヨメも仕事をしている。不在がちだから宅配業者さんに再配達を頼むのも申し訳ない。営業所も歩いていける距離ではないので、取りに行くのも面倒だ。 そう言う理由で購入した比較的大き目の宅配ボックスを、自宅玄関前に設置した。 まさかそれが原因でこうなるとは思ってもみなかった。 ──────────────── 現在の職場はいつもの見慣れたホームセンターではない。現代日本からかけ離れた風景しか見えない地だ。何と言うか、切り立った崖?それを城に仕立てあげたかのような? 俺が今いる場所は所謂『ラストダンジョン』のラスボス部屋と呼ばれる場所だ。ただっ広い薄暗い空間にほんのり灯る間接照明と、取って付けたようなありがちな玉座。ただそこにずっと鎮座するのも嫌だし柄に合わない、ので琉球畳を4.5畳分取り寄せてテラス側に普段だらける為のプライベートエリアを用意した。勿論ここで仕事もする。あ。今度、座椅子を送って貰おう。 畳の脇にはポータブル蓄電器。外のテラスにはガソリン発電機を設置してある。畳と一緒に取り寄せた小さな卓袱台にはポケットWi-FiとノートPC。暑苦しい黒いフードのマントも脱いでその辺につくねた。あのさー、作業着の上のマントは流石に暑い。 ここではスマホの機能は半分しか使えない。通話機能はアプリも含めて全般使えない事を確認している。だがネットワーク機能は生きている。携帯キャリアのネットワーク通信も出来るのだが、データ使用量が心配なので補助的に持っているポケットWi-Fiをメインに通信を行っている。 無論それはノートPCも同じだ。ポケットWi-Fiに頑張って貰っている。 ──さて、と。 さっき訪れた勇者らしい御一行がすんなり帰ったから、俺は本業を行うとするか。PCを立ち上げるとネットワークに繋ぎ、仕事用のアプリケーションにログインする。だらける前に仕事をとっとと終わらせる。 とりあえずはまず発注業務。売り場で在庫確認が出来ないのが痛いが、それはもう仕方がない。経験だけで不足分を発注する。 次に新商品を確認。似たようなものが多いから見極めるのが大変だ。 あとは…。 「まおーーー!!!!!!」 何か煩いのが乱入して来た。 「魔王!どこだ、まおーーー!!!!!!」 やたらとでっかい観音開きの扉を派手に開け放ち、大声で騒ぎながら入って来る自称勇者。これが現代日本であれば業務妨害で下手したら通報案件だ。 自称勇者は玉座の周りをうろつきながら、どうやら俺を探している様子だ。玉座から離れた寛ぎエリアで、マントを脱ぎ捨てた作業着姿の冴えない男は到底目に入らないらしい。 俺はとにかく、この仕事を終わらせる事に専念したい。 そのうち、自称勇者が俺の存在に気付いた。 マウスをかちかち、テンキーをかたかた。自称勇者の存在を無視したまま、とにかく仕事をこなす。 「なぁ、ここにいた魔王、知らないか?」 「…」 今はそれどころじゃない。締めの時間が迫っているんだ。 「ところでお前、誰?」 「人をいきなりお前呼び、失礼だな」 「何してんの?それ、何?」 「リモートワーク。これPC」 「りもぉとわぁく?」 「とりあえず締めが迫っているから黙ってて」 自称勇者を放置して、ひたすらPCのディスプレイと向き合う。スマホのロック画面を見てみれば締めまであと5分。まずいな。急ぎながら必要な画面を送り、入力を行い漸く最後のページ。 数字を打ち込み送信ボタンの上にカーソルを乗せると、右手人差し指でEnterキーを叩いた。とん、と良い音が響いた。 「さて、主は私に何の用だ?」 ここからはまた、魔王のお仕事だ。 ─────────────────
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