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そして翌日。いそいそと出かけていった美保を見送るふりをして、寛人は彼女を尾行した。十五分も歩くと、美保は前回と同じくマカロン専門店に到着した。写真で見た男が店の前にいたので、寛人は物陰から様子をうかがっていた。
「美保さん、こんにちは。今日も素敵な出で立ちですね。」
「あら、お世辞がお上手ですこと。でもそう言って頂けて嬉しいです。」
美保は微笑みながら啓太の方へ駆け寄る。そんな妻の様子を、寛人は複雑な顔で見ている。
「では中へ入りましょう。足元お気をつけて。」
程なくして啓太が美保を連れて店内に入っていったので、寛人も慌てて店内に入り、二人の席からは死角となる場所を確保した。二人はまさか美保の夫に盗み聞きされているとはつゆ知らず、呑気に会話を楽しんでいる。
「あの、話したいことがあるってメールで書いておられたじゃないですか。何でしょうか?」
「それは後でお話ししますね。…お、マカロンがきたようですよ。ささ、召し上がって下さい。」
啓太ははぐらかして、さりげなく話題をマカロンにうつす。寛人は舌打ちしそうになるのを堪えていた。
「ええ、いただきますね。…美味しい!前回食べた物も非常に美味しかったですが、このマカロンも格別ですね。」
美保は幸せそうに微笑む。そんな美保に啓太は見惚れた様子を見せた。
「…どうかなさいましたか?」
「いえ、仕草から何から何まで品があってお美しいなあと。」
「そんなことないですよ。」
美保は何だかんだ嬉しそうだ。
「いえ、本当ですよ。貴女の旦那さんが心の底から羨ましいですもん。…旦那さんも美保さんにはデレデレでしょう?」
「いや、そんなことないです。私の事なんかいつもほったらかしです。」
美保が少し拗ねたように言う。
「そうなんですか?信じられないです。僕が旦那さんの立場ならもっと貴女を大事にするのに…。」
そんな会話を盗み聞きしている寛人は、胸が痛くなった。それからもなお、盗み聞きを続けていたが、二人が三十分ほどで店を出たので寛人も後を追った。二人は前回と同様、特にあてもなく街を散策しているようだ。手こそつないでいないが、極めて親密そうである。もう美保の心があの男に傾くのは、時間の問題だろうと寛人は感じた。そして彼女を失いかけて改めて、自分がどれほど美保を愛していたかに気づいた。そして、夫婦として側に彼女がいてくれるのが当たり前になり、ほったらかしにしていた自分の愚かさを悔いた。
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