花束をもう一度

1/6
39人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
「覚えてるかしら?貴方が最後に花束をくれたのがいつだったか。」 間宮美保が微笑みながら問いかける。しかし目は全く笑っていない。その目は鋭く相手を睨み付ける。 「さあな。いきなりそんなこと言われても分かるわけないだろ。」 美保の旦那である間宮寛人(ひろと)は、美保の方を見もせずに素っ気なく返す。二人は勤務先の同期として知り合った。熱烈な恋というよりは、友人関係を経て付き合い、結婚に至っている。とはいえ、新婚時代までは寛人も記念日にサプライズをしたりと、まめに愛情表現をしていたが、現在はそういったことはしなくなっている。決して美保の事が嫌いになったわけでなく、側にいることが当たり前になってしまっただけである。 「三年前よ!三年前の私の誕生日以来ちっともそういったことをしてくれないじゃない!」 一方、美保の方はマンネリ化している夫婦生活にかなり不満を持っており、寛人に度々不満をぶつけている。 「少しは昔みたいに私の事を愛してちょうだい!私だって一人の女性なのよ?」 「俺たちは恋人ではなく夫婦だ。恋人時代と比べて関係性が変わるのは当然だろう。もうこの話はおしまい。今日は残業が長引いて疲れてるから、もう寝る。」 寛人は全く取り合わずに寝室へ去って行った。 「何なのよもう!」 その後ろ姿を美保は恨めしげに見送った。 その翌日。美保はイライラしながら買い物に出かけた。なんで私はあんなのと結婚してしまったのかしら?私はただ、もっと私の方を見ていてほしいだけなのに…。悶々としながら歩いていると、近くにあるベンチに座っていた男性が立ち去っていくのを見かけた。スマホをベンチに置いたまま。 「ちょ、ちょっと!」 美保は思わずスマホを持って彼を追いかけた。数十メートルも走った所で追いつき、彼の肩を叩く。 「あの…。これ、貴方の物ではないですか?ベンチに置いたままでしたよ。」 美保がスマホを渡すと、男性は驚いた表情を見せながら受け取った。 「僕のスマホで間違いないです。ベンチに置いたままにしておくなんて…。危ないところでした。わざわざ持ってきて下さり、本当にありがとうございます。」 男性は深々と頭を下げる。イケメンではないものの、人当たりが良く愛嬌のある顔をしている。 「いえいえ。大したことはしていませんので。それでは失礼します。」 美保は立ち去ろうとするも、男性に引き留められた。 「ちょっと待って下さい。お礼がしたいんです。スマホの中には顧客情報が大量に入っており、このまま紛失してしまったら大変な事になっていましたから。でも、今ちょっと時間がないので…。」 男性は美保に名刺を差し出す。 「僕、近藤啓太と申します。お手数かけて申し訳ないですが、また後ほどこちらのメールアドレスに連絡して下さい。それではまた。」 そう言って近藤と名乗る男は去って行った。呆然としながら見送っていた美保だったが、その頬がほのかに赤く染まっていた事には気がついていなかった。 家に帰ってからも、美保は彼に連絡しようかどうか悩んでいた。夫がいる身で他の男性と二人きりで会っても良いのだろうか、でもお礼をされるくらいなら構わないのではないか、などと考え込んでいた。しかし、今日も寛人は昨日の口論の事など気にする様子もなく、そして相変わらず自身に対して淡白であったので、開き直った美保はついに名刺に書かれてあったメールアドレスに連絡を入れた。 『近藤啓太さん。本日スマホを拾いました、間宮美保と申します。お礼をされるほど大したことはしておりませんが、それでもとおっしゃるのならお会いしましょう。この週末なら終日空いております。御連絡お待ちしております。』 送信してから間もなく、啓太から返信が返ってきた。 『間宮美保さんとおっしゃるのですね。御連絡ありがとうございます。そして、改めまして本日は本当にありがとうございました。美保さんのお陰で大惨事にならずにすみました。僕も週末は予定がありませんので、今週の土曜日、十一時頃にマカロン専門店のメルエール東京店にて待ち合わせに致しましょう。お目にかかるのを楽しみにしております。近藤啓太』 返信に目を通した美保は、若干の罪悪感に苛まれつつも、無意識的に口角が上がっていた。寛人もそんな美保の様子を見ても、特に気にも留めなかった。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!