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【あなたのカケラ、探します】
少し、胡散臭い看板に気づいたのは、数日前のことだった。
それまでは、そこに何があったのかさえ、記憶にはない。
古びた看板は、昔からずっとその場所にあるかのように馴染んでいたけれど、その姿はどうやら私以外の人の目には留まっていないようだった。
まるでそこに、何もないかのように、周囲の人は通り過ぎるだけ。
最初にその看板に気づいたとき、学校でその話をしたけれど、みんなは気のせいだというばかりで、誰ひとりとして、信じてはくれなかった。
やっぱり、ある。
毎日毎日、私はこの前を通る。
しとしとと雨の降る中、私は何かに誘われるように、その看板の前に立った。
看板に隠れるように、そこには小さな扉があって、私が目の前に立つと、中からゆっくりと扉が開いた。
傘を閉じて、扉の中に入る。
外から見たときは、古びた建物と看板だったけれど、中に入るととても綺麗だった。
「カケラを探しているの?」
不意に背後から声をかけられる。
後ろを振り向くと、同じ高校の制服を着た男の子が立っていた。
「あの、あなたは?」
私が通う高校は、学年でネクタイの色が決まっている。
目の前の男の子は、私と同じ二年生のようだけれど、見覚えがなかった。
「僕は、安西真人。君は、宮坂明里さんでしょ?」
「どうして、私の名前?」
安西くんは、クスクスっと笑うと、突然私の右手を掴んで、私の手に丸いガラス玉をのせた。
「これが、明里の探しているカケラだよ」
「え? どういうこと? 私、何も探してなんてない」
安西くんにガラス玉を返そうとすると、まるでシャボン玉のように私の手の中で弾けて消える。
その瞬間、身体が急にふわりと宙に浮くのがわかった。まるで、自分がシャボン玉になったかのように、ふわりふわりと浮いていく。
「どういうこと?」
安西くんを見ると、安西くんも同じようにふわりふわりと宙に浮いていた。
「明里、どっかで満たされない毎日じゃなかった?」
「それは、」
みんながみんな、満たされた人生を送っているわけじゃない。妥協しなければいけないこともたくさんあるし、諦めなければいけないこともある。
諦めたときなんかは、心にポッカリと穴が空いたような気持ちになって、落ち込むこともあ?けれど、そんな気持ちになるのは、私だけじゃないはずだ。
「シンデレラのガラスの靴って、シンデレラ以外が履いても履けなかっただろ?」
「うん」
「カケラも同じ。心に空いた穴に、ピッタリと埋まるカケラは、たったひとつしかないんだ」
「それが、さっきのガラス玉ってこと?」
安西くんは、慣れた足つきで空中を歩いて、私の手を掴む。
すると、さっき弾けて消えたはずの水晶玉が、どこからともなく現れて、大きく膨らんだかと思うと、私と安西くんを包み込んだ。
「明里の心の穴は、僕の持つカケラがピッタリで、僕の心の穴は、明里の持つカケラがピッタリなんだ」
「私、カケラなんて持ってないよ」
「カケラは、カタチじゃないんだよ」
私の手を掴む安西くんの手が、とても温かく感じられた。
その手の温度を、ずっと昔から知っている気がしてきた。
その温もりのせいか、不思議と心が満たされていく。ちっぽけな悩みとか、生きていく上でのしがらみとか、そんなことはどうでもよくなっていた。
「明日も、会える?」
「明里が望むなら、またここで」
いつのまにか、私たちが立っていたのは、学校の屋上だった。
安西くんの手が、私の頭に触れる。
「また明日」
「うん、また明日」
安西くんに背を向けて、屋上を後にする。
私の手の中には、とても小さな、ガラス玉のカケラがあった。
fin
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