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***
「翔、今日機嫌よくね?」
「んー、ちょっとね」
「なんだよ~」
スパイクの紐をきつく結んで、立ち上がる。
「お前さ、三上楓って知ってる?」
「三上楓?」
「そう、1年の子なんだけど」
「聞いたことねーなぁ」
昨日よく見ないと分からないくらい少しだけれど笑ってくれた彼女。もしかしたら気のせいだったかもしれないけれど、気の所為でもそれが嬉しくて気分が上がっていたからか、秘密にしたかった彼女とのことを少し話したくなった。
「いっつも1人で写真撮ってて、なんでか聞いたら探してるって」
「…なにを?」
「思い出を」
「……おもいで」
「そ、思い出」
そう言うと微妙な顔をしたそいつは、訳が分からないというように首を傾げた。
「訳わかんないよな」
「うん」
「俺も」
顔を見合わせて頷き合う。
「でも、なんか楽しそうでさ」
「へぇ~」
「写真も、めちゃくちゃ綺麗だった」
そういえば、今日はまだ見かけてない。
いつもはもう少し遅いから、また走り込みから帰ってきた辺りで会えるかな。
「紹介してよ」
「今日いたらな」
もし走り込みから帰ってきて会えたら、こいつに紹介しよう。
「…いない」
走り込みから帰ってきて、いそうな場所をみてみるが、彼女はどこにもいなかった、
「いなかった」
「まじ?残念」
走り込みから帰ってきた友達にそういうと、心底残念そうに方を落とした。
それから数日、彼女の姿を見ることは無かった。
***
「遠藤先生!」
「…なんだ中村どうした?」
あまりにも彼女を見かけないため、風邪でも引いたのかと、1年の学年主任である体育教師の遠藤先生に声をかけた。
「あの、1年の三上楓って子最近風邪でも引いたんですか?」
「三上楓?」
「はい」
俺が問いかけると、先生は考えるような顔をして首を傾げた。
「そんな子いないぞ?」
「は?」
「だから、三上楓なんていないぞ」
何を言っているのか理解できなかった。
いない?三上楓が?
先生は女子の体育を担当しているから、知らないなんてことは無いだろう。
「おい、大丈夫か?」
「…あぁ、はい。すみません。勘違いだったかも」
「…そうか」
苦笑いして誤魔化すと、先生は納得いかなそうな顔をして去っていった。
三上楓は存在していないのか?いや、実は2年生で間違えて1年生って言ったとか?
「あぁもう、わっかんね」
頭がごちゃごちゃだ。
その日は一日ぼーっとしていた。
頭が働かなくて、周りにも心配される程だった。あまりにも酷かったのか、友達に部活を休んだ方がいいのではないかと言われ、俺自身あまり練習に身が入らないだろうと休むことにした。
「…え、なんで」
重い足取りで玄関を出るとそこには、いつものようにカメラを持った彼女がいた。
「…三上さん」
こちらに気づいて、会釈する彼女。
恐る恐る近づく。
「三上さん、君は本当にこの学校の生徒?」
「…うん」
キョトンとした顔で答える彼女。嘘は言って無さそうだ。
「今日、1年生の先生に聞いたんだ。そしたら、三上楓なんて名前の生徒はいないって…」
そう続けると、困ったように眉を寄せて黙ってしまった。
「なぁ、君は────」
「あれ、翔?」
「っ、友樹…」
何者なのか、と聞こうとした時名前を呼ばれ振り返ると友達がいた。
「お前こんなとこで何してんの?早く帰って休めって」
「いや、三上さんと」
「は?三上さん?」
部活を休んで帰ったはずの俺がまだ学校にいたことに驚いたのか、心配した様子で駆け寄ってきたそいつは、怪訝な顔をした。
「何言ってんの?お前。誰もいねぇじゃん」
「は?」
その言葉に前を向くと、そこには変わらずに彼女がいた。
「いや!ここにいるじゃん。紹介するって言ったろ?彼女が三上楓さん」
「いや、だから誰もいねぇよ。お前一人じゃん」
隣にいる彼女は、こいつには見えていないらしかった。
「お前本当に大丈夫か?」
「っ、あぁ。悪い」
いつもと同じ表情で隣に立つ彼女が、初めて怖いと思った。
あれから、怪訝な目をしながらも心配してくれる友達をなんとか誤魔化して家に帰ってきた。
彼女は幽霊なのだろうか。俺は見えては行けないものを見たのか。でも、今までそんなものが見えたことは無い。ただ、ただ、怖かった。
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