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***
次の日の朝、昨日の顔色が余程悪かったらしく母は心配して念の為今日も休めと言ってきたが、今日こそハッキリさせたかったのでなんとか言いくるめて学校へ来た。
「おはよう」
「…友樹」
教室前の廊下で俺を待っていたらしい。
「昨日は悪い。心配かけたな」
「いや、もう大丈夫なのか?」
「あぁ」
きっとまだ納得はしていないだろう。ヤバいやつだと思われただろうか。
「…お前、幽霊とか見えるの?」
少し俯いて気まずそうな顔をしたかと思えば、勢いよく顔を上げ決意したような顔で聞いてきた。
「…さぁ、俺も分からない」
「でも、昨日の」
「わかんない、、から、今日聞いてみる」
会えるだろうか。きっと、会える。そんな気がした。
***
「じゃあ、俺行くわ」
「おう、気をつけろよ」
放課後、今日も部活を休んだ。理由はもちろん彼女に会うため。玄関で友樹と別れて彼女がいるであろう場所に向かう。
なんとなく、そこにいる気がした。
「いた」
小さい声だったから、聞こえてはいないと思う。気配で気づいたのか、振り返った彼女はじっとこちらを見ている。
「三上さ──」
「思い出、」
俺の言葉を遮った彼女は視線を俺から別の場所に移した。
「え?」
「…思い出、全部見つけた」
彼女の視線の先には、大きな木。
春には毎年桜が満開になって学校中の生徒が見に来る。
「わかってると思うけど、私ねもう死んでるの」
わかってはいた。でも、なんだかまだ実感がわかない。
「6年前の今日、私は死んだ」
寂しげな表情。今まで表情を変えなかった彼女が、分かりやすく表情を変えた。
「病気だったの。元々長く生きられないって言われてた」
この学校で亡くなった訳ではないらしい。
「写真が好きで、学校の色々な景色をこのカメラで撮ってた」
愛おしそうにカメラを優しく撫でる。
「入院がちで、友達なんて居なくて作り方もわからなくて、クラスに馴染めなかったの」
本当は景色だけじゃなく人の写真も撮りたかったのだと彼女は言った。
「私は誰にも見つけられずに死んだ」
馴染めずに教室の隅で生きてきた彼女はきっと影が薄い方だったのかもしれない。
「でも、あなたが私を見つけてくれた」
俺を見て優しく心底嬉しいと言うように笑う。
「嬉しかった」
初めて見る、彼女の笑顔。彼女が撮った写真みたいに綺麗で、なんだか不思議な感覚。
「思い出探しはね、私がよく過ごした場所や好きだった場所を撮ってたの」
彼女のカメラのフォルダには、教室や中庭、花壇や校舎前に植えられた木、他にも沢山の写真があった。
「ねぇ」
「っ、」
彼女に声をかけられ、いつの間にか俯いていた顔を上げるとカシャっと音がした。
「ふふ、いい顔」
「ちょ、絶対変な顔してただろ」
「ううん、ちょーかっこいい」
くすくすと笑いながらカメラを見つめる。
「前に人は撮らないのかって聞いたよね?」
楽しげに笑っていた彼女は悲しそうに告げる。
「撮らないんじゃなくて、撮れないの」
撮れない、とはどういう事だろうか人を撮る事にトラウマでもあるのか。
「このカメラは人を写さない。」
「…映さない」
「そう」
「人を撮ろうとした事はあるの」
しかしレンズを覗けばそこにいたはずの人は、シャッターを押すとその画面には写っていないらしい。そこにいるのに、写らない
「ただ、風景だけがこのカメラに写るの」
それならなんでだ。
「…なんで、俺のこと撮ったの」
さっきの彼女の反応を見るにきっと写真には俺が写っていた。ならどうして写ったのか。もし俺が写っていなかったのなら、どうしてあんな反応をしたのか。
「どうしてだろうね」
それはどちらに対する答えなのか。
どう言葉を紡ごうか考えていると、人差し指を口元に持ってきた彼女に口を噤んだ。儚く綺麗な笑顔。
「もう、十分。」
すると今度は酷く優しい顔をした彼女がいた。
「あなたに出会えて良かった」
そういった彼女は瞬きをした瞬間、その一瞬で俺の前から姿を消した。
***
「かける~コンビニ寄って帰ろーぜ」
「おう」
友樹には、彼女のことを話した。
そういった類の話は苦手みたいだが、彼女には会ってみたかったと笑っていた。
何故俺に彼女が見えたのかは分からない。
でも彼女が嬉しかったと言ってくれたのが俺も嬉しかった。
俺も彼女の思い出の一部になれただろうか。
「友樹」
「ん?っ、おい!」
「はは!いい顔」
「消せよ!それか取り直せ!」
「やーだね」
「おい!」
分からないけれど、そうであれたら嬉しい。
そして俺ももう十分だと思えるくらい、精一杯生きようと思う。また、会えるその時まで。
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